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[09]妄想・発覚のとき(6)

私が新入社員だったころ、夕方近くになると「あっ酒がきれてきた」なんて、言い出す窓際族の方がいて、びっくりしたことがあります。手が震えて来るらしいのです。時には、震えを抑える薬を飲んだりもします。そして終業時刻になると、すぐに近くの居酒屋に飛び込むのでありました。飲めばピタリと震えが治まるのです。この方とは、何度も一緒に飲みました(だって、そこに飲みに行けば必ず居るのですから)こうなったらお終いだな、なんて思いながらも、かなり飲む私でした。

さて、前回のつづきです。美佐子を乗せてクルマが走り出すと、隣の部屋からの悪口は聞こえなくなりました。しかし今度は、後を付けられていると、言い出したんです。「誰が?」「後ろのクルマ、おとなりよ」「お隣のクルマじゃないけど」「見つからないように、誰かのを借りてるのよ」そんな馬鹿な!でありますが、美佐子は真剣です。もう、手に負えません。「わかった、じゃあ撒くよ」と言って、何度も右左折を繰り返しました。しかし、クルマは美佐子が診察を受けた、入院予定の病院に確実に向かっています。

運転をしながら、私は子供のころのことを思い出していました。いつも、ぶつぶつ何か言いながら、ふらふらと歩いている50歳くらいのオッサンが居たのです。ときには、「そこに居るんだろう、判ってんだぞ」といって、草むらに石を投げ込んだり、「こら、出て来い」とわめきながら、無人の電話ボックスを蹴っていたりするのです。そして、見知らぬ家の玄関を叩きながら「○○を出せ!」などと騒いで、警察が呼ばれたとも聞きました。大人から、あの人はアル中だと、教わりました。

病院に着いたのは、6時近く。受付はもう閉まっています。でも、何度も声をかけました。しばらくして、事務の方でしょうか、女性が出てきました。「受診中の者が、急に容子がおかしくなったもので、診ていただけないでしょうか」「外来受付は、4時までです」それだけ言って奥に戻ろうとします。「えーと、来週入院予定なのですが」「先生が、いらっしゃいません」ウソつけ!救急病院じゃねえかここは!それに、入院患者の容態が急変したらどうするんだ?「先生はどなたもいらっしゃらないのですか」「ここは外来ですから」「じゃあ、どうしたらいいのですか」「でしたら、救急車を呼んでください」「救急車で、ここに来れば良いのですね」「それは、分かりません」救急隊員がいくつかの適当と思われる病院と連絡をとり、受け入れOKとなった病院に搬送するらしいのです。けが人を内科専門病院に連れて行くことはないですよね。では、美佐子の今の状態は、何科かといえば、精神科です。救急車で精神病院に運び込まれる!冗談ではない!途方にくれました。

クルマにもどると、美佐子は追っ手がこないか、キョロキョロとあたりを見回しています。シートに座ると同時にため息が出ました。酒を飲ませるしかないか・・・。酒を飲めば、禁断症状は治まるはずです。冒頭の窓際族の方のように。しかし、禁断症状を出さないために飲酒するという癖がついてしまうのではないか?あの方のように。美佐子は肝臓を治さなければならないのです。酒を断つ→禁断症状→飲酒→肝臓が悪化。この繰り返し。これは、まずいです。また、しかしです、酒を飲ますしか、方法を思いつきません。窓際さんが飲んでいた禁断症状を抑える薬は、処方箋が要るのです。

またまた、しかしです。飲酒状態でも、幻覚や妄想を起こすのかもしれません。あの、警察のお世話になったオッサンのように。私はそらおそろしい気がしました。どうしてよいのか分からない混乱状態の中、病院の駐車場に1台のクルマが入って来ました。そして、子供連れの婦人が降り立ちました。やってみよう!私は思い立ちました。(つづく

甘木有忠


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