[11]幻視・発覚のとき(8)

 エドガー・アラン・ポーがアルコール依存症だったことは有名ですよね。幻覚から生まれたとされる名作『大鴉(The Raven)』という詩(※)を書いています。それから4年後、ポーは『振戦せんもう』という禁断症状を起こして『死亡』します。40歳でした。

 さて、前回のつづきです。私は、美佐子が死ぬとは思いませんでしたが、このままでは困ります。しかし、もうヘトヘトでした。病院の受付、病棟の看護婦と、さんざんやり合った上に、美佐子までもなのですから。仕方ない、一人で処置室とやらに行って先生にご迷惑をおかけしたと、謝ってしまおう。酒を飲ませて、おとなしくなることに賭けよう。そう、思い定めてクルマを降りようとしたそのときです。美佐子が私の左手をつかみ、「ちょっとまって、あそこの交差点の信号の所に隠れて、こっちを見張ってる」なんて、指をさすのです。もちろん幻視です。そして、20Mは離れているはずなのに、お隣夫婦の会話がはっきりと聞こえるらしいのです。美佐子に対して危害を加える相談が。

 幸か不幸か、そんな幻覚が現れたので「よし、(病院の)中に入ろう。そこまでは追って来ないよ」「追ってくるわよ」「大丈夫、匿ってくれるから」「でも・・・」「いいから来るんだ」本当はもっと長い会話なのですが、大体こんな感じで、美佐子を優しく説得し(『半強制的に』ではない。ホント!)処置室に引っ張って行きました。

 医者というのは慣れてますね、美佐子の言うことに逆らわないのです。正確には覚えていませんが「変な方がいますね、お隣がそんなだと、奥さんも大変ですね」なんて、合わせるし、美佐子が医者に『私が美佐子の言うことを信じてくれない』と訴えると、「病気の診断を受けたり、入院を勧められると、誰でも神経が鋭敏になって、普通の人が聞こえない小さな音まで聞くことが出来るんですね。特に奥さんのような繊細な方は」といった意味のことを言ってなだめるのです。そして、「『入院の不安をやわらげるお薬』(※2)を出しますから、効き目が出るまで、病室で少しお休みして行って下さい」と言いました(入院という言葉は使わなかったと思います)実際には、美佐子は入院することになりました。

 看護婦が美佐子を病室に案内し、処置室に残った私と医師はいくつかの話をしました。一つは、2、3日は美佐子から絶対に目を離してはいけないこと。一つは、今回の出来事がおきた訳(半分は言い訳)。そしてさらに、美佐子がアル中の疑いがあるという話などでした。

次回は、医師と私の話の中身を少し詳しく書きます。

※他に何社からも出ていますけれど、手に入りやすそうなものをあげておきます。ご興味のある方はどうぞ。

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※2多分、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬のジアゼパム (商品名はセルシン、ホリゾンなど)ではないかと思います。第8回で『内科医が大酒のみに処方する』といった薬は大体これですから。

甘木有忠

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