[08]幻聴・発覚のとき(5)

『フレンチコ・ネクション2』という映画がありまして、ポパイの愛称を持つドイル刑事(ジーン・ハックマン)は、麻薬王のシャルニエ(フェルナンド・レイ)を追っている最中に、敵の手に落ち、麻薬中毒にされてしまうのです。麻薬中毒治療を受けたドイルの見舞いに、上司(同僚だったかな?)が、ウイスキーのボトルを持って来るんですね。「今のお前さんにとっちゃ、これでもご馳走だろう」かなんか言って。ドイル刑事はぐいぐいとラッパ飲みしたかと、記憶しております。

麻薬とお酒は交叉性があるのだとか。代用品ですね。アルコールが麻薬の代わりとなり、麻薬の禁断症状が治まるらしいのです。もちろん、逆もOKでアル中患者に麻薬を与えても良いのだとか。少し問題がありそうですけれど。

内科医によっては、大酒飲みに禁酒を言い渡すときに、抗不安薬(弱めの精神安定剤)を処方します。もし、アルコール離脱症(禁断症状)が出たら、困りますから。抗不安薬はアルコールと交叉身体依存性があるのです。酒と薬を置き換えることで、アルコール離脱症を回避あるいは最小限に抑えるのです。

役所の無料健康診断を受けた美佐子が、『来週にでも、再検査のために入院してください』『結果によっては、引き続いて少しの間、入院も』と言われたんですね。γーGTP(肝臓の酵素の一つ。アルコールで肝臓が壊れると、血液に流れ出てくる)の数値が1,000を軽く超えていたんです。正常値は男80以下、女30以下なんです(※)

数値の異常さに驚きはしましたが、先生の『しばらくお酒を止めれば、正常値に戻りますよ』の言葉に少し安堵し、『それまで、お酒は一滴もだめですよ』との言葉に素直に従おうと決心した美佐子でした。しかし、その夜、眠れなくなったんです。うとうとはするのですが、すぐに起きてしまいます。そして、額にびっしり浮かんだ汗の粒をぬぐうのです。これを一晩中、何度も繰り返します。

私は、さして気にしませんでした。お酒の習慣がある人は、飲まないと寝つきが悪いものですし、額の汗は「なんか、へんな夢を見た」と言っていたので、『そうか』と納得してました。不眠・悪夢・発汗などが、アルコール離脱症の症状だとは思いもよりませんでした。手でも震えてくれたら、判り易かったんですけどね。

そして翌日の昼頃から、美佐子が妙なことを言い出したのです。「お隣さんが、私の悪口を言ってるわ」と、隣との境の壁を目顔で指します。聞き耳をたてますが何も聞こえません。壁はコンクリートでして、話し声などは聞こえないんですよ、普通。ベニヤ板の学生用安アパートじゃないんですから。「聞こえないけど」「何で聞こえないの。聞こえるじゃない」と、主張します。何なんだ?どうしたんだいったい?私はただ困惑していました。

次第に、美佐子にとっては『声』が、より明確に聞こえるようになり、夕刻には「私、文句言ってくる」なんて言い出す始末。「おい、よせよ」押さえるのですが、「だって、壁にスピーカーを押し付けて悪口を言って来てるじゃないのよ」「そんな、ばかな」「だって、こんなにハッキリと聞こえるでしょう」そう言い張って、きかないのです。

外から帰って来た息子にも確認します。「ね、聞こえるでしょう?」私は、子供に『異常な母親の姿』を見せるのは良くない、まずいと思いました。どうしたものか?私は美佐子を外に連れ出すことにしました。とにかく、お隣から離さねば。美佐子の母親に電話を入れ、子供の世話を頼みました。「ちょっと、お出かけしてくるね。すぐにお祖母ちゃんが来るから、おとなしく待ってなさいね」子供にそう言い置いて、美佐子を無理やりクルマに乗せたのです。(つづく

※検査機関、病院、医師により、正常値には若干の違いがあります。

甘木有忠

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