[03]ハーレーと共に岐路に立つ

日に日に体調は悪化していき大学の授業にも出れないことはしょっちゅうだった。教授には頭を下げる毎日で周囲からはどうせたいしたことないだろうというようなことを言われたこともあった。

それでもくじけず毎日リハビリと整骨院通いで悪化をなんとか防ぐ日々が続いた。毎日治療などに時間を5時間ほどとられるなかで四年生は国家試験前に大事な卒業試験が二回あった。健常者でも音を上げる難しさなのに首、腰の状態は最悪、勉強と寝込むことしかしていなかった。

奇跡的にも周囲の予想をくつがえし卒業試験は合格、国家試験はもはや体が限界で勉強もできず不合格だった。

もちろん最悪な状態で後遺症状態なのに就職もできるわけないので全て断った。四年生の間は本当に辛い毎日だった。ハーレーにも乗れない時が多く気力は消えていった。

大学を卒業し、治療に専念し始めて症状固定もそろそろかと思い始めてハーレーにも乗ることができ始めた。もう嬉しくて涙がでてくることもあった。もちろんお金は厳しい状態だがなんとか生活はできている。どのような道でも成功するには苦労するべき時があるので貧乏生活を楽しむようにしている。とはいってもこう思えるまでは不安でいっぱいだった。ハーレーを売らないとダメなのかとか。

唯一リラックスできるのがハーレーに乗っているときだけで降りると、治療や勉強などに追われる日々。現在は師匠と仰ぐ人の下、株式トレーダーの見習い中、他にも起業するべく日々悩みが尽きることはない。

そんな中、ハーレーに乗ることが生きがいになっていることに気づきこのマガジンを作っていこうと決心したわけである。ハーレーに乗るキッカケが元をたどれば家庭教師の仕事をこなしたかったわけにつながっているようにも思える。とにかくハーレーは乗ってなんぼのものと思う。

自分の体のように毎日使っていれば調子が悪いときはすぐに気づくことができる。貧乏学生のときから乗っているので娯楽で買ったわけでもなく、日常の足で体の一部であり、毎日に楽しみというスパイスをくわえてくれる大事なハーレー。周囲と自分が似ない部分は他にもある。ハーレーに乗ってからはタンデムがメインなのだ。彼女を乗せていたらどこまでも行ってしまうのだ。

岡山に住んでいるがちょっと姫路までツーリングと思っていったら気づくと大阪にいたこともある。とにかく時間とガソリンがあればどこまでも行ってしまう。無意識にバイクにまたがっている。けれど大事なものは家族と彼女でハーレーはあくまで体の一部。自分はどうなってもかまわない。だからハーレーが痛んでしまったら、それは仕方ない。家族などはいなくなってしまっては二度と会えないもの。ハーレーはなんとかパーツを作ったりすることで再会できる。

そんなこだわりも持ちながら今日もハーレーで彼女を乗せて目的地なくひたすら走る。

ソフテイル岩川

関連するアイテム

 1  |  2  |  3  |  4  |  5  |  6  |  7  | All pages