[09]実家へと続く道

岡山に来て初めて「実家」が最高の場所と気づいたたように思う。
なぜか実家にハーレーで帰ると達成感がある。
待ってくれている人がいる。

ただ楽に帰れる道ではない。
強風の瀬戸大橋を超えて下道で何時間もかけて帰る。
北海道なども行ったが家族の待つ実家はどこにも負けない最高の目的地。
バイクに乗っている間に岡山で起こった出来事などを考える。
大学に入学するために実家を出る前までの思い出が愛媛に近づくに連れて思い出して、次々と浮かんでくる。
そうやって考える中、大学在学中の頃と卒業後の現在と過去が入り混じるとき自分が「成長したな」と思ったりする。
思い出をひっさげて走り回る実家へと続く道。

実家に帰る頃には夜になっていてそこから過ごす時間が気に入っている。
田舎は夜になるととても静かで風も気持ちいい。
岡山でのアパート暮らしでは、誰かが動いていて物音はずっと聞こえて、車の通りも朝まで続くので落ち着かない。
そんな日常から逃げられる場所でもある。
落ち着きを取り戻すにも欠かせない場所。
たくさん大切な要素が詰まっている実家。

次はいつ帰ろうか。

ソフテイル岩川

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[08]おいしい空気を求めて鳥取へ

鳥取といえば砂丘。
鳥取砂丘はもちろんいいところだが行くまでに自分をひきつけることがある。
今いる岡山とは一風違った「空気」を味わえるのが魅力だ。

砂丘に行くまでの道中で岡山と鳥取の境目が特に気に入っている。
喫煙者がなかなかタバコを辞められないように鳥取にいくのは辞められない。
空気がとにかくキレイで何度も吸い込みたくなる。

境目を通り過ぎる時から急に空気が透き通るような場所がある。
あの感覚を一度味わうとやみつきになる。
砂丘に到着して砂丘を歩いていくにつれて静かになっていく。
砂丘は音を消してくれる。
すぐ先にある海の波の音さえも消える。

高さが何メートルもある砂丘を登りきると、波の音が聞こえると同時に一面の海が眼に写る。
沖にライトがついているので夜中でも見えるため、夜中に見ると波が幻想的に見えてくる。

おいしい空気を吸って静かな空間でいられることの幸せ。
ハーレーで走って行って、あの空気を何度も感じに行きたい。

ソフテイル岩川

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[07]仲間

友人ら三人でツーリングをした。今年の夏はとても暑く島根の米子は39度まで気温が上昇していた。当初の目的地は島根出雲大社だったが気温を気にして岡山蒜山、鳥取大山に変更していた。

朝7時から出発し蒜山、大山までは順調に進んでいった。大山の麓は標高900Mもあり気温が25度のところもあり涼しく気持ちがいい。岡山の市内は30度以上あるというのに。ロープウェイで大山を少し上がれるので登ってみたが景色は最高で島根も一望できる。空気も澄んでいて日頃のストレスなどを吐き出せるようだった。

「大山での景色を見ると島根出雲大社まで行きたい」と気力が湧き出てきた。三人はそのまま出雲へと向かっていった。しかし気温は上昇し始めて道端の温度計は35度など。道路もお盆なので渋滞が目立つ。日差しは強くなる一方で昼の三時には三人の体が火傷しているように赤くなっていた。

それでも三人は気の合う仲間で笑顔を作っては暑さをしのいでいた。道端の温度計は上昇いていき信号でとまっているときに米子で39度を見たときは三人で笑っていた。ドライヤーを当てられたような風を受けながら走る三人。この暑さは呼吸するのが嫌になるほどだ。

長く走っていると「なぜ走っているのか?」と思っていた。それは出雲へ行くことが目的と思わなくなっていて「三人で走っていることが楽しくて走っている」と気持ちの急な変化に気づいた。こう思える仲間と走ってよかったと思える瞬間は最高だ。

普段なら嫌気がさすはずが気の合う仲間と走ることで楽しさに変えてしまう。出雲大社へ到着することが目的ではなく、ただ三人で走ることが目的に変わった時がこのツーリングの醍醐味だった。単純なようで奥の深いツーリングに対する感覚。

ソフテイル岩川

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[06]超短縮北海道一人旅 帰り道編

道を知らないので戻れなくなると困るので早くに引き返した。時間がないと北海道は広すぎて回れない。道はわからないしガソリンスタンドも少ない。次くるときはいつになるだろうか。交通事故や親族の問題などが一区切りついてからか。次に行くときはせめて24時間以上滞在したい。

フェリーターミナルには出発時刻よりも数時間早く着いてしまい考え事をしながら仮眠していた。少ししか走ってなくても満足感があり、「北海道にいつか行く」という考えはあっさり達成できた。とにかく事を起こすには「今」が最適なのかもしれない。

もちろん時間がかかることもあるがキッカケを作るのは自分次第だ。どんなに窮地にあっても、その時にしかできないことがある。これを忘れずにいれば常にチャンスが転がっていると思える。成果を焦らず知識を集め、経験を増やし足元をしっかり固める。上手くいっている時はどうしても上しか見なくなるだろう。

今のうちに足元を固めておけば転げ落ちる時があろうと底が決まっている。全く知らない道を走っていると「挑戦」のような気持ちに自然になれるので励みになる。今は悪いことばかり続くのでハーレーに乗っている時の感覚でいられたらと思う。

帰りの京都から岡山は雨も降らず良い天気だった。流れ星が4秒ほど流れているのがハッキリわかるほど空は晴れていた。北海道で通った道が頭の中をよぎり続けていたので京都から岡山までの道のりがとても短く感じた。走りなれた道でさえ自分の価値観が一新してしまったので新鮮にさえ感じることができた。無事に岡山に戻り北海道ツーリングは終わった。

ソフテイル岩川

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[05]超短縮北海道一人旅 北海道編

北海道に着くと疲れが消えた。全く知らない土地に行くととても元気がでる。その悪い癖のせいで初めて彼女とツーリングしたときに岡山から姫路にいくつもりが気づくと大阪を越えて走っていたということもある。

北海道は道が広く何もないところがたくさんある。ガソリンスタンドが数十キロも無い場所があるがとても不安になった。「これ押してどのくらいいけるか。」「坂道押せるかな。」など真剣に考えた、笑。

幸い雨も降らず北海道は楽に走れたが15時間以内にきた場所に戻らないと帰れないので怖かった。お金が切符代でなくなっていたので。更に不安にさせることが電話で知らされる。

お金がないので宿は仮眠するのに安い温泉施設の食堂で寝た。もちろん布団などなく畳に横になるだけ。それでも1時間は仮眠できてよかった。お金がないので休憩するときに眠気が強いと路上に寝転んで休んでいた。短い時間なので問題ないが近くに熊出没注意とあるのがとても怖い。

海の近くの川では鮭が手でつかめそうなくらい数多くいて驚いた。捕っていい場所はきめられているがあの光景をみると熊が手で獲れるワケに納得できる。あんなにも大きな魚が川にひしめいているとは。釣り人もたくさんいて数メートル間隔で釣竿が何本もたっているのは圧巻ですごかった。

北海道のソフトクリームはもちろんおいしかったが10月初めに行ったのでもう冷え始めていて余計に体が冷えたのを覚えている。夜になると気温は5度。軽装で行ったことに後悔していた。まだシーシーバーもつけてない頃で荷物があまり持っていけず必要最低限だったのが裏目にでていた。北海道に行くにはとにかく防寒対策を。

結局問題だらけのツーリングだったけど北海道の広大な土地を走れたことに満足しフェリーのところまで戻ることに。

北海道の景色は四季折々の姿をみせてくれるだろう。ちょうど秋に差し掛かる頃なので紅葉が始まりかけている場所もあった。自然が多く残っているので心機一転したい時ならぜひ行くべきだ。気付かないうちに冷静な気持ちになって自分がこれからまず何をすべきか考えることができた。

自分の場合はまだ交通事故の治療なども終わってないので体を優先して治して焦らず待つということだった。自分はとにかく「行動派」なので無理してでも前に進まないと焦ってしまう性格。

北海道にきたことで「やりたいことがあればすぐ挑戦できる」と安心して体のケアを優先することに不安を感じなくなった。もちろん北海道にきたことで自然からも力をもらったように思う。日本にこのような場所があるのだから海外に行く前に一度は行ってみるといいだろう。

百聞は一見にしかず。

ソフテイル岩川

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[04]超短縮北海道一人旅 出発編

大学四年生の時、就職を断って体調も不調で不安もたくさんあった頃、自分には何か見えてないものがあると思い完全に一人になるように北海道に行こうと思った。とにかく現状から抜け出すにはどうするかを悩んでいた。彼女に「明日北海道行ってくる」と伝えて次の日には出発していた。

単純な計画だったので問題はおきるだろうがなんとかなると思っていた。このときは、出席しないとダメな授業が控えていたので二泊三日で岡山から北海道まで往復せねばならず京都からフェリーが出ているので北海道まで確実に行ける予定を組んだ。

普通は北海道に短くても一週間は滞在なのに自分は15時間ほどしかなかった。まずは岡山から京都まで行ってフェリーに乗らなければいけない。急に思いついたため、道も分からず標識を探してなんとか進んでいった。途中から大雨になり道は知らない道。真っ暗で対向車のトラックの集団の水しぶきが視界を更に悪化させる。

しかし、フェリーの出航時間は迫ってくる。あんなにもビクビクしながら運転したのは台風直撃の時以来だった。そして、フェリーの橋渡しが上がるなか到着。なんとか入れてもらい無事?北海道へと出発!

体が冷えてしまっていたが船にはお風呂がついていて助かった。お風呂がゆれるというのはおかしな感覚だ。別に観光するわけではないので丁度いいと思っていたがフェリーで意外と体力を消耗していた。約22時間乗船しているので船に慣れていない自分にはきつかった。もちろん始めは船の外に出ると一面大海原で嬉しかった。とてもキレイに見えた。

しかし、時間が経つにつれて売店も早く閉まるし食料もなく、勉強しかすることもなく外は海。勉強道具を持っていたことで時間を過ごすのにはなんとかなったが本当に何もすることがなくて困ったのが印象に残っている。ハーレーに22時間乗っているのはいいけど、他の乗り物に22時間は耐え難いものだ。

「やっぱりハーレーに乗ってないと力が抜けていく」と思いながら一日中過ごした。北海道に着きフェリーのゲートが開いた時は感無量だった。

「北海道に来たんだ」急に力が戻り始め爆音を響かせてフェリーから脱出し一人北海道ツーリングスタート。

ソフテイル岩川

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[03]ハーレーと共に岐路に立つ

日に日に体調は悪化していき大学の授業にも出れないことはしょっちゅうだった。教授には頭を下げる毎日で周囲からはどうせたいしたことないだろうというようなことを言われたこともあった。

それでもくじけず毎日リハビリと整骨院通いで悪化をなんとか防ぐ日々が続いた。毎日治療などに時間を5時間ほどとられるなかで四年生は国家試験前に大事な卒業試験が二回あった。健常者でも音を上げる難しさなのに首、腰の状態は最悪、勉強と寝込むことしかしていなかった。

奇跡的にも周囲の予想をくつがえし卒業試験は合格、国家試験はもはや体が限界で勉強もできず不合格だった。

もちろん最悪な状態で後遺症状態なのに就職もできるわけないので全て断った。四年生の間は本当に辛い毎日だった。ハーレーにも乗れない時が多く気力は消えていった。

大学を卒業し、治療に専念し始めて症状固定もそろそろかと思い始めてハーレーにも乗ることができ始めた。もう嬉しくて涙がでてくることもあった。もちろんお金は厳しい状態だがなんとか生活はできている。どのような道でも成功するには苦労するべき時があるので貧乏生活を楽しむようにしている。とはいってもこう思えるまでは不安でいっぱいだった。ハーレーを売らないとダメなのかとか。

唯一リラックスできるのがハーレーに乗っているときだけで降りると、治療や勉強などに追われる日々。現在は師匠と仰ぐ人の下、株式トレーダーの見習い中、他にも起業するべく日々悩みが尽きることはない。

そんな中、ハーレーに乗ることが生きがいになっていることに気づきこのマガジンを作っていこうと決心したわけである。ハーレーに乗るキッカケが元をたどれば家庭教師の仕事をこなしたかったわけにつながっているようにも思える。とにかくハーレーは乗ってなんぼのものと思う。

自分の体のように毎日使っていれば調子が悪いときはすぐに気づくことができる。貧乏学生のときから乗っているので娯楽で買ったわけでもなく、日常の足で体の一部であり、毎日に楽しみというスパイスをくわえてくれる大事なハーレー。周囲と自分が似ない部分は他にもある。ハーレーに乗ってからはタンデムがメインなのだ。彼女を乗せていたらどこまでも行ってしまうのだ。

岡山に住んでいるがちょっと姫路までツーリングと思っていったら気づくと大阪にいたこともある。とにかく時間とガソリンがあればどこまでも行ってしまう。無意識にバイクにまたがっている。けれど大事なものは家族と彼女でハーレーはあくまで体の一部。自分はどうなってもかまわない。だからハーレーが痛んでしまったら、それは仕方ない。家族などはいなくなってしまっては二度と会えないもの。ハーレーはなんとかパーツを作ったりすることで再会できる。

そんなこだわりも持ちながら今日もハーレーで彼女を乗せて目的地なくひたすら走る。

ソフテイル岩川

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