[06]解放、バンザイ!

自分の意志によって行動していると思うことでも、実際はそうでないことがおおい。

「意志あるところに道が開ける」というが、「意志なきところに道が開ける」としたほうが確かかもしれない。

男は、男らしくならなくてはならない。社会は、ずっとこのように説いてきた。男として生まれたからには、男らしく振舞わなくてはならない、というのだ。半分だけの、檻のなかに入れと。

バカバカしい話だが、彼らは意識的に手錠をかけていく。無邪気に泣くことも、笑うこともできず、それで本当に幸せかね?心に嘘をついて強がり、寡黙と呼ばれることがあなたたちの目的かね?男らしさの檻のために、どこまで自分を売り飛ばせば気がすむのかね?

自分を取りもどしたいなら、幸せを得たいなら、無邪気でありなさい。笑いなさい。泣きなさい。怒りなさい。自己表現をしっかりなさい。

あなたがたのいう強さというものが、本物であるならば、無邪気な自己表現をすることもできるはずだ。

いや、ちがう。彼らはできやしない。偽者の強さにへばりつくあまり、真の強さをうしなっている。

彼らは、寡黙になっていく。活動的であることが特徴のはずの彼らが、大人しく、元気がない。抑えつけられている。檻のなかに繋がれ、孤独のなかで枯れていくばかりだ。

女は、解放がすすんでいる。精神解放はなされようとしている。放たれたのだ。今更、女が一歩さがって男についていくかね。黙って、家庭を守るかね。

そんなわけがない。彼女たちは選択権を得ている。自分の好きな道をえらぶだけの、権利を勝ちえたのだ。

男はどうするね。今後とも、過去の亡霊にとらわれて、憑依されたまま生きつづけるかね。女にへつらい、ご機嫌をとりつつも。女は、男が脇役でいてくれることを願っている。自分を際立たせるための都合のよい存在でいてくれたほうが、ありがたいに決まっている。かつて男が、女を都合よくしたように。

笑うときは笑うがいい。泣きたいのを堪えたいなら、堪えればよいだけだ。大事なのは、時々で、選択権をもちうることだ。男だからといって、なぜ言動を強制されなければならないかね。それより、男女に縛られない、自由が欲しいとは思わないのかね。

権利は、主張しなければ勝ちえることはできない。真の強さをもたなければ、けっして手にすることはない。

椎名蘭太郎
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