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[33]美優醜劣 その一

女が男の真似をすると、普通、カッコイイとなるね。でも、男が女の真似をした場合はキモチワルイとなる。
これはどういうことだろうね?
美優醜劣――この言葉を辞書でしらべても見つからないだろうよ。
なにしろ造語だからね。読んで字のごとく、美しいものは優れ、醜いものは劣る――となる。

先進各国は、この美優醜劣に突入しているのではないか。男女間において、女が優位にたち、パワーが男から女へシフトしている。
そうだとすれば、どこに要因があるのだろうか。

もちろん、これまでだってパワーの所在が一定ということはありえなかった。それは確実に、気まぐれに移りかわっていった。

日本において、バブル期より以前はまだ男にパワーがあった。当時の男のパワーの拠り所は、腕力であり、武力であって、それを盾にした権力と伝統であった。
つまり、弱肉強食の要素がまだ残っていた時代とみてもいい。外見の美しさは、その次にパワーを持ちうるもので、弱肉強食の時代には腕力にかなうはずがなかった。
美しさは万人から愛されただろうが、どうしてそれだけで武力に勝れただろう? 腕力や武力をもち、それによる権力を得たならば、簡単に美しさを支配下に収められたのがそれまでの時代だった。

たが、やはりパワーの所在が一定などということはなかった。文明が発達し、法が整備され、なにより人々の思想が円熟味をおびていった。豊かになるにつれ、弱肉強食的な行為を排除する方向へとすすんでいった。

転換期となったのが、19世紀のヨーロッパだった。この地でフェミニズムの動きがみられたのだ。文明がたかまり、それによって人々が様々なことを考えるだけの余裕ができた。
このヨーロッパ文明をなくして、今の女の地位をかたることは到底できなかったはずだ。

フェミニズムをバックボーンとして、男女差別が批判されるようになり、やがて女性解放運動がさかんに行われるようになった。
日本でも女性解放のうごきがみられ、成果をおさめたが、彼女たちを支援する時代的要素を見逃してはならない。いや、そういった背景があったからこそウーマン・リブが可能となったのだ。

何者かの地位があがるときは、パワーの転換がおこっている。女のパワーが増した背景には、社会において、「平和」「安定」「豊かさ」――のキーワードがまぎれもなく関与している。これらが満たされると、女のパワーが高まるとみていい。

女は、男よりも美しい。彼女たちの美しさがもっとも発揮できるのは、動乱でも貧しさでもなく、社会が安定したときである。そのときこそ美しさが武器となり、パワーを発揮してくれる。逆に男は、不安定な動乱の時代にこそ、彼らの特徴である腕力を発揮できたわけだ。

これらの時代的背景は、男女の力関係をみるうえで、おおきな秤となってくれる。そうであるとすれば、女の地位と、社会の豊かさや平和の関係を調べてみるのも面白いだろう。

日本の昭和後半から平成にかけての時代は、まさに平和と安定、それに豊かさを享受する時代ではないかね。

椎名蘭太郎