[02]受け入れと終末

こんにちは。私は、6年程前に田中ちえさんという方の受け入れに立ち会いました。受け入れとは、その方が老人ホームに入所される日に連れてこられた家族の話を聞き、その方の施設での生活がスムーズになるように配慮することです。

ちえさんのご家族は、ちえさんを連れて来られた時、とても疲れてみえました。介護疲れで憔悴している息子さんとお嫁さんに比べてちえさんは、元気でした。「お願いします」と言うと「こちらこそお願いします」と挨拶されました。

でも、入所されるとすぐに本領を発揮されました。とても感情の起伏の激しい方でちょっとしたことでちえさんの逆鱗に触れ、怒らせてしまうのです。他の入所者も「あの頃のちえさんは、恐くてとても近づけなかった」と6年前のことをいまだに言われています。暴言だけではなく、暴力行為もひどく職員は、つねられたり、叩かれたり、蹴りまでとんできたこともあります。

ちえさんは、入所前から精神科とのつきあいは、長いものがありました。ちえさんは、認知症ではありませんでしたが、精神的な病気をもっていました。季節によって病気の度合いはかわり、いつも6月がひどかったです。木の芽時におかしくなるって本当なんだって実感しました。安定剤の量を精神科や家族と相談しつつ、試行錯誤の日々でした。

ちえさんに限らず、職員が常に悩むのは、安定剤の使用です。安定剤を使用すると激しい感情の起伏は、多少抑えることができるのですが、生活レベルも下がっていくのです。多少でも、歩けた人が歩けなくなったり、感情の抑制だけでなく、行動の抑制もされるのです。ちえさんは、自分で行動する時は、床を這っていました。しかし、薬を使用することによってたくさんの距離を這うことができなくなりました。これが本人の望む生活だろうか、もっと別の方法があるのではないかとみんなで随分、悩みました.。

そんなちえさんも少しずつ体の衰えがきて、生活全てが全介助になりました。晩年は、ちえさんが食事をどれだけ食べてくれるかというところにちえさんの介護の焦点になっていました。今日は、口を開けてくれた。味噌汁が好きだから最初の一口を味噌汁にすると割合食べていただけるみたい。魚は、嫌いだから魚だけで食べていただかないようにしようなど、そんな試行錯誤を繰り返していました。ターミナル希望の方でしたから、食べられなくなっても胃ろうは、造設せず、自然のままでというのが家族の希望でした。

死期は、突然やってきました。痙攣が起こり、熱が出、意識がなくなったのです。私の夜勤中、夕食時は、特に変わりなかったのですが、21時くらいに呼吸状態がおかしくなり、浅い呼吸、深い呼吸を繰り返すようになったのです。

医師に往診していただくと「危険な状態」とのこと。家族も22時くらいには、みえました。そして家族が見守る中、24時に亡くなりました。3月12日に85歳の誕生日を迎えられたばかりでした。

受け入れ時も終末も立会い、ちえさんには縁があったんだなととても感じています。ご家族からも「稲垣さんとは、縁があったんですね」と言われました。ちえさんには、本当にいろいろな思いをし、勉強になることが多かったです。

私も働き始めた時は、夜勤に入る時に危険な状態の入所者がいると、気持ちが暗くなりましたが、今は、そんな状態の入所者を少しでも楽な状態で過ごしていただけるよう、頑張ろうっていう気持ちになります。そういう点では、少しは成長しているのかもしれません。

稲垣尚美
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