[10]フィジカル

福祉にふさわしい適性として「貧乏に耐えられる」「モラルを捨てられる」をあげてきた。今回はまた別の適性を紹介したいと思う。

福祉に必要な適性の一つ・・・・それはフィジカルつまり体力に他ならない。あまりにも原始的で当たり前すぎる答えに肩透かしを食らわされたような読者も多いだろう。しかし、甘く見てはいけない。多くの福祉関係者は体力やフィジカルの重要性をほとんど理解していない。

デイサービスやケアマネージャーなど事務職系ならまだしも、特別養護老人ホームなど入所施設に勤めるなら体力的な要素は必要不可欠だ。なぜなら福祉の現場はある意味、バスケットボールやマラソンのようなスポーツと変わらないからだ。

おむつ交換をはじめとして、障害者を抱えての車椅子からベッドへの移乗、入浴の介助などは中腰になることが多く腰を痛めやすい。介護者の大半は何らかの形で腰痛を経験している。ひどいとヘルニアになるケースも珍しくない。

気をつけるのは腰痛ばかりではない。入所施設には必ず夜勤がつき物だが、それは言うなれば16時間以上拘束されるウォーキングみたいなものだ。労基法上、一応休憩時間は与えられているが、そんなもの入居者が急変すればなくなる。心理上、リラックスできる時間など夜勤中は無い。一晩中ナースコールに対応したり、おむつ交換、トイレ誘導、食事、洗面、口腔ケア、更衣などで体力と神経をすり減らす激務だ。万歩計で1万歩を超えるぐらいの有酸素運動を要求されるのだ。

だが、肝心の福祉関係者のフィジカルへの認識はお寒いものだ。これだけ体力を強調していてもほとんどの福祉関係者はトレーニングに励もうとはしない。ましてや体の柔軟性も大事なのにストレッチもほとんどしないどころか、やり方さえ知ろうとはしない。半分以上の介護職員は運動不足と断定してもかまわない。

「介護の仕事は激務だ」「きつい仕事だ」・・・などとよく介護職員は語るが、体力的に厳しいならトレーニングをすればいい。だが、なぜかトレーニングに励む介護関係者を俺はほとんど知らない。

ヘルプマンと漫画がある。介護の現状を本当にリアルによく描かれてある。そこにもタバコを平気で吸い酒を飲むようなおよそ節制とは無縁な介護職員が出てくる。タバコなど心肺機能を損なうばかりで介護のプロフェッショナルとしてはあるまじき行為だが、実際こんな介護職員は珍しくないから困ってしまう。介護業界はプロ意識に欠けた、レベルの低い人間たちと言われても仕方あるまい。トレーニングもろくにしない野球選手やサッカー選手がどこにいるのだろうか?自分がまったくトレーニングも節制もしないのに、利用者にどうして「リハビリ」をしろと言えるのだろうか?

困ったことに介護業界では自分のだらしなさを棚に上げて体力のある人間を軽視する傾向がある。「大事なのは技術。力任せで荒っぽい人間より技術と丁寧さが大事」というわけだ。だが、技術には自己統制と節制に裏付けられた体力的要素が必要なのだ。入所系介護が激務なのは誰にも否定できない。その激務に耐えるのにフィジカルは必要なのだ。フィジカルなき技術は砂上の楼閣のように幻にすぎない。

イチローのバッティングフォームを真似ても誰もが3割5分打てるわけではない。イチローが見事な成績を残せるのはトレーニングに裏打ちされた技術があるからではないか。

また最近では「ボディメカニクス」など移乗介助などで腰を痛めない「技術」も伝わるようになったが、残念だがこれがほとんど間違いだらけなのだ。よく見ると、腰が高いなど実際の介護では不自然極まりない。ボディメカニクスでは「移乗介助では両足を広げて足の裏を全部つける」と言うが、これは運動力学上不自然だ。

野球の内野手、バスケットのディフェンスの動作に注目したらいい。彼らは膝を曲げ、踵を浮かしてプレーしている。足にもっとも力が入るのはベタ足ではなく、踵を浮かせた状態だからだ。介護でも同じなのだ。膝を曲げて踵を浮かせないと腰にかなりの負荷がかかり腰痛になってしまうのだ。

実例を挙げよう。俺の職場にある20代後半の女性職員が入ってきた。彼女は某特別養護老人ホームで5年以上勤めていた。経験もあり、介護福祉士の資格を持っている彼女は即戦力でこの職場でも有望だった。

しかし、ある時思いがけない事実がわかる。突然彼女が「腰が痛くて、休みたい」と言い出したのだ。彼女の腰痛は移乗介助の際足の感覚が無くなるというぐらい重症だった。ヘルニアが進行して神経障害を起こしていた。結局彼女は3ヶ月足らずで退職した。

聞くと前の某特別養護老人ホームに勤務しているときからヘルニアになっており、腰痛を予防するためのトレーニングやストレッチなど殆どしたことが無いということだった。腰が痛いときはコルセットを着用して勤務していたのだ。因みにコルセットには腰痛の根本的な予防効果など無い。

彼女のように長い経験をもつベテランになると致命的な身体障害を持っている事が少なくない。もはや彼女の腰痛は完治が難しく、特別養護老人ホームなどハードな入所系施設は勤めるのは無理だろう。福祉以外の分野でも体力のいる肉体系の仕事も難しい。きちんと予防しないと福祉の仕事は人生に一生のダメージを与えてしまう。だからこそ俺は福祉関係者にはフィジカルの重要性を強調してやまない。

俺はこの分野ではもう10年以上になる。殆どが入所系施設でハードな勤務だといっていい。それでも何とか今のところ、ヘルニアにならずにまだ現役で勤務している。スポーツジムに通い、毎日ストレッチは欠かさない。だからこそ今でも現場で猛獣使いをしているのだと思うのだ。

エル・ドマドール

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