[76]知的障害者(下)

前回前々回と知的障害者について語ってきた。知的障害者の事を知りたいならば、前回のことを少しおさらいしよう。

(1)最大の弱点はストレス

前回で俺は知的障害者の中には電車やバスに乗れない人もいることを語った。健常者には想像つかないだろうが、知的障害者にとって電車やバスなどに乗ることは強いストレスになってしまうのだ。個人差はあるが、ストレスに弱いために一般社会で公共の場所に行けない人もいる。そして実を言うと、この事は知的障害者と関わる以上切っても切り離せない要素である。

「余計なストレスを与えない」これは彼らと接する上での基本的原則と言ってもいい。彼らの弱点は規制や抑制などによるストレスなのだ。そしてストレスに弱い彼らにとって、施設やグループホーム、授産所、作業所は最もストレスのかかる場所なのだ。更生施設に入所している知的障害者は社会のストレスに耐えられないからこそ、施設に入所している。しかし、最もストレスに弱い人々を最もストレスの高まる場所に収容している。何たる皮肉だろうか?

何度も強調するが、知的障害者とうまく付き合うコツは出来るだけストレスを与えない事につきる。しかし、社会に進出する以上、また施設にいる以上、どうしても最低限の規制は必要だろう。その規制と自由のバランスをどうするかがまさしく知的障害者の処遇にとって永遠の課題と言ってもいい。さっきも述べたが知的障害者一人一人のストレス耐性には差がある。どのぐらいのストレスなら耐えられるか?その見極めが大事なのだ。

だが、知的障害者を処遇する側がしてきた事はこれとまさしく逆の事だった。個人個人のストレス耐性など考慮しないで、社会に出そうとするなど乱暴極まりない。彼らは知的障害者の弱点がストレスにあることも知ろうともせずに、脱施設化みたいな馬鹿げたプログラムの実験台にしてきた。中には上手く行った人もいるが、知的障害者の実情よりも理念が先走ったその成果は凄惨たるものだった。(詳しくは第3回、第4回に連載した「脱施設化が招く悲劇」を参照)犠牲になった知的障害者にとってはたまったものではない。

(2)抽象的概念に弱い

ストレス以外にも彼らにはもう一つの弱点がある。それは一言で言えば「抽象的概念や観念論の理解が難しい」と言う事だ。抽象的とか観念論などと聞くと分かりにくい人が読者にも多いかもしれない。例をあげて説明しよう。例えば「思いやりを持ちなさい」「礼儀作法を大事に」と聞けば健常者は何のことか分かるだろう。しかし、知的障害者にこのような事を言っても具体的に何をしたらいいのか理解が非常に難しい。

「思いやりを持ちなさい」の「思いやり」とは具体的に何か?「礼儀作法」と言っても日常生活の挨拶などのコミュニケーションや茶道の作法に至るまでその定義はあまりにも広すぎる。健常者はこれらの抽象的な言葉を自分の経験や学習により無意識的に具体的な行動に置き換えているのだ。だが、知的障害者はその障害ゆえにどうしてもそれが難しい。さらに問題なのは知的障害者福祉の関係者は殆どその事を理解していない。だから平気で「普通にしなさい」「賢くしなさい」「常識をわきまえろ」など知的障害者に言ってしまう。言われた側からするとあまりにも分かりにくくて、雲を掴むような話なのだ。

だから知的障害者に言う時は具体的に言わないといけない。「礼儀作法を大事にしなさい」と言われても彼らには分かりにくいが、「出会った人には『こんにちは』と言いなさい」なら彼らには理解しやすくなる。知的障害者に接する時は是非この事を念頭において欲しい。

また抽象的概念の理解が難しい事は思わぬ弱点を抱える事を意味している。実を言うと知的障害者は時間に弱い。例えば彼らに「5分待ってくれ」と言ってもその5分がどのくらいの時間なのかが感覚的に理解が難しいのだ。5分が長いか短いかは個人個人の価値観によるだろうが、少なくとも健常者は1秒を300回刻めば5分になる事は感覚的にも理解している。だが、知的障害者はその「感覚的」な理解が難しい。だから彼らに「5分待ってくれ」と言ってもどのぐらい待たされるのか分からないために、パニックや不安になりやすいのだ。

知的障害者と接する時は時間に関する言い方には神経を使う。15時と言えば、それが何時なのかも理解が難しい。「3時って長い針が3のところにある時だったかな?」など言っているのを聞くと改めて彼らに時間の概念を理解させる困難さと共に、知的障害の厚い隔たりを感じざるを得ない。因みに知的障害者にはアナログ時計よりもデジタル時計の方が理解しやすいことを覚えて欲しい。

(3)予定外の行動に弱い

誤解されやすいが、認知症老人と違い知的障害者には記憶障害はあまりない。知的障害ゆえに理解できない事は覚えられないが、理解できる事はよく覚えている。電車の時刻表や沿線の駅の名前を全部言える知的障害者もいる。記憶能力は健常者と変わらないと言ってもいい。

記憶力がいいために一度日常生活の予定が決まるとその予定を遵守してくれる。例えば朝起きて作業所に行って仕事をして夕方に帰ってくる。これを6日繰り返して、日曜日は休むなどスケジュールを決めると日常生活を安定させる事ができる。ルーチンワークに固めることは知的障害者福祉には欠かせない大事な要素だ。

ルーチンワークに強い彼らだが、それが災いになる事がある。例えば水曜日が祝日の為に作業所が休みになるとする。いつもは水曜日は作業所に行く日のはずだから彼らは心配になってこんな事を聞いてくる。

「今日は仕事に行くの?」
「今日は水曜日だけど、祝日で休みなんだ。今日は仕事無いよ」
「・・・・・わかった」

しぶしぶ引き下がるが、やはり気になる。そこでもう一度聞きに行く。
「やっぱり今日は仕事に行くの?」
「さっき説明したじゃないか!今日は休みだよ!」

こんな事はよくある。彼らは予定外のハプニングやトラブルに弱い。スケジュールやルーチンワークに狂いが生じるとそれを上手く修正できないのだ。彼らに柔軟性や臨機応変などはないことを覚えておきたい。

(4)まとめ

以上で三週にわたり、知的障害者について語ってきた。少しはご理解のお役に立てれば嬉しいが、いかがだっただろうか?今回のシリーズでは知的障害全般を網羅するように心がけた。実を言うと、知的障害の中でも自閉症やダウン症の人は少し違った特徴がまた見られる。このことはまたの機会に語ろう。

エル・ドマドール

【関連記事】
[74]知的障害者(上)
[03]脱施設化が招く悲劇(上)

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