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[04]脱施設化が招く悲劇(下)

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前号のあらすじ

施設から出てグループホームにて共同生活をはじめた河野と梶本だが慣れない一軒家での「理想」の生活に疲れ始める。河野は共同生活を止めたいと言い出すが、理想を強要する施設職員には受け入れられず仕方なくグループホームを続けることになる。しかし、状況は悪化し、2人の生活は致命的な局面を迎える。

*梶本の激発

ある日、梶本は施設で作業をしていた。作業は箸袋に箸を入れるのを繰り返すものだが、なかなか根気が必要で粘り強い梶本は集中力を切らさずにやるのが得意だった。梶本はおとなしい性格で明るく、皆の人気者だった。職員、利用者関係なく愛されていた。他の知的障害者にありがちなパニック発作も彼女には無縁だった。しかしこの日に限っては違っていた。今まで起こしたことのないパニックをこの日に起こしてしまう。河野との同居生活がうまく行かないストレスからか、梶本は作業中何度も余所見をするなど、明らかに集中力に欠けていた。その態度を職員に叱責されると欲求不満が抑えられなくなったのだろう。大声で喚き散らし、涙を流し始めた。職員も彼女の初めて見る激情に驚き、どう声をかけていいかわからなかった。梶本が落ち着き始めた頃、彼女は同居生活の様子を語り始めた。

梶本の告白は職員たちに理想がうまく行っていないことを改めて思い知らせるものだった。施設職員はすでに世話人から2人の仲がうまく行っていないようだが・・・と聞いていた。しかし、現実を直視したくない職員は「たいしたことはないだろう」と高を括っていた。だが職員はその内容に愕然とする。梶本の告白によれば河野は自分が処理しきれないストレスを梶本に直接ぶつけるようになっていた。罵倒されることに加えて、食事や洗濯も自分の分しかしてくれないようになっていた。話し掛けても無視されるなどいじめ状態になっているとの事。元々河野と梶本は施設内でも友人といっても差し支えないぐらい仲が良かった。その二人のグループホームでの変わり様はどんな鈍い職員でも何か深刻な問題が発生していることに気づいていた。

*河野の「脱施設化」

これはいけない・・・とさすがに問題視した職員は河野に直接注意した。しかし、河野にも言い分があった。施設よりもグループホームの方がストレスになっていることや、梶本が能力的に劣るためにどうしても河野のほうに負担が多くのしかかっているなど言いたい事はたくさんあった。高い能力があるとは言えども知的障害者である彼女は感情の高ぶりもありうまく説明できなかった。どうしても勢い職員の一方的な注意で終わってしまった。

河野を注意することにより、問題は解決したと思ったがそうは甘くなかった。梶本の次は河野の番だった。ある日世話人からの連絡に職員は愕然とする。夕方になっても河野がグループホームに帰ってこないのだ。梶本は河野が帰ってこない異常事態に気づいたが、動揺していて職員に連絡するどころじゃない。河野はその日の午前中にトイレ掃除ボランティアのために病院に出発した。しかし、その後行方がわからなくなってしまったのだ。河野は今まで無断で外出して行方をくらますことは一度もない。この後職員総出で市内を捜索して、警察にも連絡をして捜索をしてもらうことになった。皮肉なことに河野は本当の意味で「脱施設化」を実践したのだ。

この「脱施設化」は4日後に解決する。郊外の公園で倒れていた河野を近所の人が発見して警察に通報したのだ。河野は脱水症状を起こしていたが無事に保護された。河野は身内がいないため、施設は家族などに連絡する必要がなかった。そのため大した騒動にもならず、マスコミの格好の餌食にもならず施設は安堵した。河野は社会経験がないため、ホームレスになって生活ができなかったのだ。河野の「脱施設化」はありとあらゆる意味で失敗に終わった。

いくら懲りない施設でもさすがにこれ以上同じ面子でグループホームを続けるのは無理だと考えざるを得なかった。河野と梶本の受難はなんとか終わりを告げた。

障害者が施設で暮らすのではなく、地域に出て仕事をするべきだ・・・・己の理想に溺れる福祉関係者は脱施設化を善とし、施設を悪と決め付ける。だが、少なくともと梶本と河野にとって脱施設化は苦行以外の何者でもなかった。すでに施設生活が長く、社会に適合するのは無理だったのだ。脱施設化を金科玉条とする福祉関係者は理想を信じるあまり「本人の意思の尊重」という基本中の基本を置き去りにすることに決定したのだ。このナルシズムにより2人は余計な傷心を抱えた。

よく脱施設化を弁護する人は「多少の失敗はあるが、それでも脱施設化は障害者の自己決定を支えている」という。だが、この二人にとっては多少の失敗といえるのだろうか?別に河野は4日間失踪しただけだだろう。知的障害者にとって無断外出は珍しいことではない。だがどれだけ職員の遊び半分の実験が彼女たちを傷つけたのか・・・河野は失踪して4日間何を思っていたのか?少なくとも彼女たちにとってこの体験は「多少の失敗」とは言えない。今でも施設はまた懲りずに「脱施設化」の理想のために実験を続けている。学会や研究発表で表に出るのは「成功例」のみ。河野と梶本の失敗例は脱施設化の産業廃棄物として処理され、正当な評価をされることがない。

そもそも脱施設化という言葉ができたヨーロッパでもその本音は「福祉予算の削減」だったのだ。施設にかかる税金を軽減して、優等な障害者は地域に放り出して生活してもらおうとしているのだ。しかし、「脱施設化」した後のフォローが甘く、社会適合できないまま放置され中にはホームレス化する人も多い。まさにあのジンベイザメと同じではないか。今まで社会に都合で檻の中に入れられていたのに、社会のエゴでまた外に放り出される。振り回される側はたまったものではない。

知的障害者施設で勤めている頃に思ったが、知的障害者施設に勤めている関係者は理想主義者が多い。悪く言えば非常識でナルシズムの塊のような人間が多かった。理想を見るばかりに現実に戻れないのだ。勿論常識的な人物もいるが、得てして力を持つのはナルシストなのだ。

エル・ドマドール

[03]脱施設化が招く悲劇(上)

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皆さんいかがお過ごしだろうか?今回は前回申し上げたように脱施設化が招いた悲劇をお送りする。脱施設化を始めとして今や施設にいるのはまるで悪のように非難され、施設を出て「地域で生活する」ことが強く強調されるようになってきた。だが脱施設化は必ずしもすべての人に幸福をもたらすものではない。社会や政府の理想(エゴとも言う)で社会に放たれた人々がどんな運命をたどるのかそれを紹介しよう。

断っておくが今から紹介するストーリーはフィクションだ。本当の実例をお送りしたいが、特定を招くかもしれないのでいろんな事例を組み合わせて書き上げた。フィクションではあるがリアリティーは損なわれていない。それなりに楽しめるはずだ。

*グループホーム

ある知的障害者施設があった。周りを豊かな自然に囲まれ、30年以上の歴史があった。もともとは自治体が出資して法人を作ったため予算も普通の社会福祉法人よりも恵まれており、雇われる職員も高学歴が多く、プライドが高い人が多かった。自分たちがその地域の福祉施設の範たるべきだという意識が強かった。

脱施設化という言葉をよく聞くようになったころ、そこの知的障害者施設ではグループホームを立ち上げようと言う事になった。知的障害者を施設に閉じ込めるのではなく、「地域」に開放して自立生活をさせようというわけだ。いきなり施設から地域は急激過ぎるから、まずはその中間点としてグループホームを目指してみようではないかと提案された。この提案は最初は反対するものもなく理想的であるように見えた。

グループホームと言っても、今のよくある認知症対応型生活介護とは少し違う。あれは規模の小さい特別養護老人ホームだが、この場合普通の一軒家を借りて施設でも障害の軽い優等生に住んで貰っていた。近所の住人に世話人をボランティアで頼み、施設の職員が一日1,2回様子を見に訪ねることになった。

*共同生活

まずは女性の知的障害者2人がモデルになった。彼女たちを仮に河野と梶本と呼ぶことにする。この2人は施設でも問題行動もなく、知的能力も施設の中では非常に優秀だった。

最初は退屈な施設生活から開放され、河野と梶本も喜んでいてモチベーションも高かった。なれない料理にも挑戦し、洗濯や掃除も自分たちで行った。能力的に優秀な河野は市内の病院のトイレ掃除を(ボランティアだが)仕事として行っていた。梶本はまずは施設の作業に参加していたが、いずれは外で仕事をする予定だった。

*暗転

福祉関係者が喜びそうな理想的な「脱施設化」のモデルだが、その目論見は早くも崩れる。

1ヶ月くらいすると突然河野が「施設に戻りたい」と言い出したのだ。「どうして外に出たいんじゃないのか?」と普通の人なら思うだろう。しかし、河野は疲れていた。施設にいれば、ご飯の心配もしなくていい。外に出られると行っても、好き放題どこにでも行けるわけじゃない。行けるのは勤務先の病院と買い物するときのスーパー、そして何かあったときに駆け込める施設のみ。

早寝早起きの「理想」の生活を強いられて、休みの日もぐうたらに昼まで寝ることも出来ない。同居人梶本は能力的に河野より劣りどうしても河野にばかり頼ってきて、それが河野にかなりの精神的な負担になっていた。 河野にはかなりストレスがたまっていた。しかし、梶本も適応するのが精一杯で助けるどころじゃない。

施設から出られて自由に・・・どころか施設にいるよりもグループホームの方が皮肉なことに息苦しくなった。これでは彼女たちが自立生活を止めたがるのは無理なかった。

この河野の訴えに対し、理想の福祉を目指す職員たちはどうしたのか?なんと彼女を説得し、グループホームを続けるように強制したのだ。人権もへったくれもない。おかしなことに施設から自由にするために障害者から自由意志を奪うことにしたのだ。

*さらに状況が悪化

職員の説得もあり、優等生であり大人しい河野と梶本はその後もグループホームを続けることにする。しかし、問題は解決するわけもなく、事態は悪化するばかりだった。河野は精神的に頼ってくる梶本をストレスからか罵倒するようになってきた。梶本も河野の攻撃によく泣かされるようになってきた。

2人は一日数回訪ねてくる職員の前では優等生を演じていたが、何の権威もない世話人の前ではエゴを抑制できなくなってきた。世話人はこのころになると、2人の日常生活が荒れていることに気づくようになってきた。洗い物が貯まるようになり、掃除も行き届かなくなった。

能力が高い河野が最初はよく洗い物や掃除をして、梶本がするときも河野がフォローしていたが二人の仲が悪くなるにつれて家事がうまくいかなくなったのだ。河野は梶本が自分にばかり家事をやらせると言い、梶本は理不尽に河野に罵られていると言う。梶本も河野のフォローなしで家事をするのだが、どうしても細かいところまできちんとできなかった。

悪化するばかりのグループホーム生活だがある日、2人は決定的な局面を迎えることになる。

少し長くなった。この続きは来週にお送りしよう。脱施設化の職員の理想・・いや利用者の都合を無視するエゴのために犠牲になるのは弱い立場の知的障害者や老人、身体障害者である。施設生活が長い障害者たちに社会生活を強要しても前号のジンベイザメ同様簡単には適合できないのだ。

エル・ドマドール

老人ホームの裏事情シリーズ

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