カテゴリ"福祉従事者"の記事

[113]ペーパーワーク

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社会福祉施設や介護事業所などで働いているとどうしても書類作業というものがある。ケアプラン、業務日誌、ケース記録、介護記録、看護記録、申し送り簿などや利用者が怪我した時に書く事故報告書などあまり書きたくないものまで書くことがある。福祉の事をあまり知らない人はヘルパーや介護職は介護ばかりしているイメージがあり、記録物を書くところはあまり想像できないかもしれない。だが、そのイメージとは裏腹に社会福祉関係者とは極めて記録物を書くことが大好きな人種だ。

事務職の人間ならペーパーワークが多いのは納得できる。しかし、介護が本業であるはずのヘルパーがペーパーワークをこなす姿は少し意外 かもしれない。だが予想に反し、彼らの記録物への執着ぶりはなぜか病的なものが多い。先ほども言ったが、福祉関係者は記録を至極大事だと考える人種だ。中には記録に熱中するあまり、本業の介護をないがしろにしている福祉関係者は少なくない。職種や分野によるが、中には介護をしているよりもパソコンや書類に向かっている時間の方が長い介護職も少なくない。特に老人福祉分野では介護保険制定後は書類作業がか なり増えた。おそらくデイサービスなどを除き、ヘルパーが老人利用者とじっくり話す時間は1日1時間いや30分もないだろう。ただでさえ、介護や作業などで利用者と話す時間は少ないのに、更に記録する時間がコミュ ニケーションの時間を奪う。

「利用者との信頼関係」などよく口にする福祉職員はいるが、皮肉なことに介護職員ほど人の話を聞かない人種はいない。健常者の話もろくに 聞こうとしないなら、障害者や認知症老人の話など初めから聞く価値なしと決めつけている。勿論、介護や記録に追われてゆっくり話を聞く時間がないと言う理由もあるが、どちらにしても利用者の話をろくに聞かないことは同じだ。この態度で信頼関係などとよくそんな事が言えるものだと感心する。

介護保険制定後、利用者本人やその家族の権利意識も変わり、介護記 録の閲覧を求める人も増えてきた。また都道府県の指導のせいでもあるが、施設や事業者側も利用者とトラブルになった時に備えて記録物をきちんと職員に書かせる風潮が強い。そして、一般の人々や家族も記録物がきちんと丁寧に大量に書かれてあれば、介護もきちんとしていると思い込む傾向が強い。また現場でも記録物を大量に書く職員ほど人事面で優遇されやすい現実がある。だが、ここではっきり言うが事実は全くの逆だ。

記録物がきちんと正確に大量に書けると言うことはその分介護に直接関わる時間は減っているということだ。ヘルパーは弁護士でもなければ、行 政書士でもない。逆に言えば、きちんと仕事をするヘルパーは記録には時間をかけられないと言うことだ。だから、皮肉なことに介護をよくするヘルパーほど低く評価される傾向がある。そしてこれは利用者の家族も同じように解釈する傾向が強い。介護記録やケース記録を利用者や家族に公開する施設は増えてきているが、そこでも記録されている内容が少なかった り薄かったりすると、「ウチの親はろくな介護を受けていないのでは?」と誤解する人が少なくない。

昔ながらの施設はペーパーワークは今と比べてかなり少なかった。一日に何をしたか?例えば「午後は気分が悪いと言って居室で休む」など大雑把な記録だった。しかし、今は違う。施設によれば一日単位ではなく、時間単位で何をしていたかということも書かなければならない。その日の食事量や排泄の回数なども含まれているところもある。施設によって記録の形式は違うが、共通していることが2つある。一つ目はペーパーワークの増加に伴いパフォーマンスの質が低下していること、そして記録の質が下がってしまっていることだ。

パフォーマンスの低下は前述したように、単純な話だ。要は記録の時間が増えれば当然のように介護にかける時間を減らさざるを得ない。介護保険以後、介護は社会化されて来た。そしていろんなメディアで介護は話題になり書籍も増えたはずだが、現場レベルでは介護レベルは明らかに凋落している。それはいろんな原因があるが、現代的な記録を重視する介護が影響しているのは間違いない。この矛盾を解決するには「職員を増やす」というオプション以外あり得ないが、それは殆どの経営者も直視しない。

パフォーマンスの低下はともかくとして後者の記録の質の低下は意外かもしれない。だが、これはどこの福祉の現場でも同じだ。矛盾するようだがペーパーワークを重視するあまり、現代介護は記録物の質も著しく低下している。

今では考えられないが、俺が学生の実習生の時は実習日誌を施設に提出する時は誤字脱字を厳しく添削された。せっかく苦労して書いた日誌が返ってきた時には真っ赤になっていたこともある。これは介護する人間はヘルパーである以前にきちんと利用者に範を垂れる社会的人間であるべきだという信念の表れだった。 そこには字ぐらい正確に書けないような無教養な人間には他人の人生に影響を与える仕事をするべきではないという福祉のプライド、矜持があった。しかし、今は全く違う。実習生の誤字脱字を指摘するどころか、職員の記録物の方が誤字脱字だらけの事も珍しくない。要求される記録物が増えた現代介護では、例え誤字脱字だらけでも指摘する時間も修正する時間もないからどうしてもきちんと字も書けない職員が量産されてしまう。そして彼らが上司になると、職員のレベルはもっと低下してしまう。

記録物の質の低下は他の深刻な問題を引き起こす。そもそも文字を書く目的は何だろうか?答えは情報を伝えるためだ。 現にその目的のためにどこの職場でも変更点を伝える連絡帳みたいなものがある。しかし、何でも書きたがるために連絡事項が洪水のように増えてしまい、逆に浸透させたい情報がヘルパー全員に伝達できないという皮肉極まりない事態を招いている。きちんと読んだかどうか印鑑や署名をする欄があるが、そんなもの量が多すぎて「めくら判(差別用語だがあまりにも表現が適切だ)状態」になってしまうのだ。

現代介護はどこでも記録を重視する。だが、それは介護の質を低下させ、皮肉なことに職員のインテリジェンスを奪ってしまう。一見充実した介護記録はいい介護をしてそうに見える。しかし、それはまさしく堕落した介護を糊塗するための手段なのだ。

エル・ドマドール

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[110]マーセナリー(下)

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先週は派遣がいかに危険なものか強調した。もう一度強調する。派遣はやがて家を食いつくし破壊してしまう白アリと同じだ。派遣は「利用される」存在だと見下している人が大部分だろうが、派遣を甘く見ると痛い目を見る。かつて西ローマ帝国を滅ぼしたオドアケル同様、派遣に依存すれば組織自体を破壊されてしまうだろう。俺の主張を派遣への大げさな偏見と思う人もいるかもしれない。今回は派遣がなぜ危険なのか?その具体的なデメリットを解説しよう

(1)技術の低下

これはすでに製造業でも同じことが起きている。介護の現場でも同じだ。でもほとんどの派遣を雇う側は技術の低下を招くことを認識していないから困りものだ。例えば介護現場で副業のアルバイトで働きたいと応募するとほとんどの施設はそれを嫌がる。その理由を問われると必ずこんなことを言い出す。

「個別個別の利用者によって介護の方法は千差万別だから覚えるのに 時間がかかるし、腰かけ程度の気持ちじゃ勤まらない。利用者の命を預かる介護施設はそんなに甘くない」

確かにその内容は正論だ。しかし、それならどうして派遣は雇うのだろうか?アルバイトの副業は駄目で派遣はいいなら二重基準もいいところではないか?派遣職員の中には複数の施設を掛け持ちしている人もいる。

それはなぜOKなのか?これは福祉産業に従事したことがない方にはわかりにくいかもしれないが、介護においてまず「即戦力」はあり得ない。例え10年の介護経験があっても、未経験の新しい施設に来たヘルパーは初心者同様まず使い物にならない。なぜかと言うと、利用者が変わるとそれまでの仕事のやり方も一から覚えなおさないといけないからだ。そこの施設の介護方法、利用者ごとに違う対応を覚えるだけでひと月ぐらいは簡単に過ぎる。慣れるまではベテランと同伴だから、1か月ぐらいは殆ど戦力にならない。これでどうやって派遣が即戦力になり得るだろうか?それどころか派遣職員の場合は下手すると1,2回の同伴で独り立ちさせられる事がある。勿論指導が不十分なのは承知の上でだ。技術的にも未熟なままで現場に放り込まれて、下手すると介護事故が頻発する可能性もある。これだけでも危険すぎるが、技術の低下は正規の職員も含まれる。派遣がいると、生え抜きの職員のレベルも低下させてしまうのだ。その理由を一言で説明するのは難しいが、それはこれからの文章を読んでいけばおのずと分かるだろう。

(2)モラルハザード

先ほども少し言及したが、派遣が入ると施設全体のモラルハザードが起きる。どの経営者も目に見える数字には注意するが、案外目に見えない事には注意しないものだ。このモラルハザードは緑内障のように誰も気付かない内に進行してしまうから恐ろしい。

なぜ派遣が入るとモラルが低下するのか?

それは派遣を雇うこと自体が施設や事業所の安易なずるさや怠慢さ、不道徳さの表れに他ならないからだ。今の日本社会では派遣を雇うこと自体、当たり前のように思われているが、ここで俺ははっきり言っておく。派遣は現代の被差別部落制度もしくはカースト制度だ。これほど不道徳でモラルに反したものはない。雇用者がこんな不正な事をしていて、働く側がきちんと働くことを期待する方がおかしい。派遣が入った後の職場のモラルは間違いなく崩壊に向かう。備品や金銭の横領が蔓延り、嫌な仕事を派遣に押し付ける職員が出始める。疑心暗鬼やストレスにより派遣をターゲットにした職場内でのいじめやモラルハラスメントなどが起こり、人間関係も険悪になっていく。こんな状態では利用者の事など置き去りだ。

派遣だってモラルを維持することはできない。一般企業では派遣社員が個人情報を流出させる事件があった。個人情報の保護といくら言っても事務で派遣を使う限り、派遣が個人情報を見る機会はいくらでもある。福祉でも同じだ。利用者情報など派遣で働いていたらいくらでも手に入る。冷遇されている派遣職員が魔が差したとしても責められようか?派遣を雇用する方が悪いだけだ。

(3)士気の低下

どこでもそうだが外部委託をしている施設、派遣がいる施設は必ずモチベーションの低下を招いている。そしてモチベーションの低下は必ず施設全体のパフォーマンスの低下を招く。以前にはできていたことができなくなってしまうのだ。冷遇されている派遣社員が士気が低いのは仕方ないかもしれない。しかし、派遣が来ると必ず生え抜きの職員の士気とパフォーマンスも低下してしまう。なぜだろうか?

簡単に言えば競争原理がなくなってしまうからだ。身分が下の派遣社員がいれば、正規職員はいろいろ楽ができる。嫌な仕事は派遣に押し付ける事ができるし、組織での地位も最低でも派遣よりも上だから安心だ。こんなぬるま湯の環境では正規職員は堕落してしまう。頑張っていい成果を出そうと努力をしなくなるのだ。現に一般企業でも業績が悪くなると、まず派遣を切って雇用調整している。しかし、これでは正規職員は頑張らなければ蹴り落とされるという緊張感を持つことができないだろう。

そしてそのようなアンフェア極まりない「身分制度」のある組織はどうなるのか?それは歴史でも明らかなように活力がなくなり、衰退を招いてしまう。うまくいっている組織がどんなものかと言えば、それは実力さえあれば誰もが公平に報いを受けることができる「機会の平等」を保障された組織なのだ。

ここまでかなり長くなってしまった。この続きはまた来週にしよう。

エル・ドマドール

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[104]再びフォーリナーズ

[109]マーセナリー(上)

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今回のテーマはマーセナリーである。これは英語でmercenary、つまり傭兵のことである。平和な日本に傭兵など関係ないと思うかもしれない。しかし、介護業界にも傭兵がいる。それは派遣会社から派遣されてくる介護職のことだ。一般社会では派遣切りに代表されるように派遣社員は必要不可欠だが、介護の現場でも派遣ヘルパー、派遣看護師、派遣ケアマネージャーは 珍しくなくなっている。今回はこの「傭兵」=派遣について語ろう。

いきなりだが、ニコロ・マキャベリの君主論を読んだことはあるだろうか?よ政治家などが上手にずる賢く振る舞う処世術の本だと解釈されているが、それだけではない。マキャベリは君主論の中で傭兵についてこんなことを書いている。

「国の防衛を傭兵に頼ってはならない。国家を守れるのは愛国心あふれるその国の国民である」

彼は傭兵に頼りすぎると国家の弱体どころか破滅を招くと主張したのだ。確かに歴史でも西ローマ帝国はオドアケルという傭兵に滅ぼされた。傭兵は軽んじられてることが多いが、その役割は決して馬鹿にできない。

この主張はそのまま派遣社員にも通じるものがある。俺もここで改めて断言したい。もし家族もしくはあなた自身が福祉施設に入所するなら派遣が入り込んでいるところ、もしくは派遣がすでに大きい影響力を持っている施設はやめたほうがいい。派遣介護職はやがて家を食い倒す白アリと同じだ。彼らは雇い主の福祉施設を蝕み、内側から職場を破壊してしまう。だが、これは派遣で来る介護職員が悪いわけではない。あくまでも彼ら派遣を雇う側が一番問題がある。施設が抱える重大な問題にきちんと向き合おうとせずに安易に派遣で乗り切ろうとする事こそ改めなければならない。

世間では派遣社員をしていると言えばどちらかと言えば「派遣社員=かわいそう」と思われることが多いだろうが、派遣がいることにより施設側が受けるダメージの方も計り知れない。しかし、目先の利益に目がくらんだ馬鹿な法人や会社はその甚大なデメリットも省みずに派遣を雇おうとする。

そもそもどうして派遣を使うのか?それにはいろんな理由があるだろうがおもにこれらの2つがメインだ。

(1)職員の離職率が高く、安定した人材供給を行うため
(2)人件費を下げるため

(1)の理由はそもそも派遣に頼らなければならないほど離職されること自体が問題だ。そんな職場は待遇面や人事評価、経営方針や経営者のモラルなどに重大な欠陥があることを省みずに派遣に頼っても同じことの繰り返しだろう。一時的な人手不足を解消するために期間限定で派遣を使うというのであればまだいいが、惰性で派遣を使い続けるのは絶対駄目だ。

(2)はそもそも非常勤職員も多く、正規職員にしても人件費がそんなに高くない福祉業界ではどのぐらいの圧縮効果があるのか疑問だ。ましてや目先の利益にこだわって派遣を使って人件費を安くあげても、それ以上に派遣で失うものが多いことを強調しておく。

どうしても派遣を使うのであれば、まだ同じ一人の人がフルタイム職員のよう
に来るのであればまだいい。しかし、

(a)5、6人の職員がローテーションで来る。
(b)夜勤や早出などの代わりがきかない重要な業務をやらせている。

(a)、(b)両方の条件が当てはまる場合はかなり要注意だ。それはもう派遣ではなく外部委託になってしまっている。この外部委託状態になったら相当派遣会社や派遣社員に相当の煮え湯を飲まされることを覚悟したほうがいい。西ローマ帝国を滅ぼしたオドアケルの出現だ。

俺が体験した事例だ。俺がかつていた施設の特養部門では夜勤1人と早出1人に派遣を使っていた。派遣社員自体も全く福祉は未経験だと言う人もかなりいた。そのため仕事は全くできないわ、熱意やモチベーションに欠けるわで全く使い物にならない人もいた。元々派遣で来ているというだけで風当たりが強いのに仕事ができないのではどうしても職員も冷たく当たってしまう。

そのような状態が続いてその派遣社員も嫌気がさしたのだろう、突然無断欠勤をした。しかも夜勤の日にだ。福祉施設に勤めている人なら想像つくだろうが、夜勤に入るべき人間が来なかったり休まれたりすると大変なことになる。普通の日勤なら代わりがきくが、夜勤や早出となるとそう簡単には代わりは見つからない。しかも、無断欠勤だから何の対策もできないし、代わりの夜勤者も見つからない。

当然上司は派遣会社に抗議し、代わりの夜勤者を派遣するように求めた。派遣会社は一応謝罪はしたが、代わりの夜勤者を出すことはできないと暗に「そっちがなんとかしろよ」と言わんばかりの対応だった。この不誠実な対応に上司はキレる。なぜなら派遣が職場放棄するのはもう3回目だったからだ。だが、言い合いをしても結局代わりは見つからない。そこで日勤者にそのまま疲れた体で夜勤を続けてしてもらった。派遣が3回も無断欠勤されてさすがに職員もたまらない。次々に「派遣を切り捨てて、職員だけでシフトを回すべきだ」と怒りの声が上がるようになった。

しかし、上司にはそれは無理な注文だった。先ほどの口論の際に、上司はすでに派遣会社にいい加減派遣してくる職員の質を上げないと契約を更新しないかもしれないと暗に脅迫した。しかし、派遣会社の返事は驚くべきものだった。それなら明日から派遣を全員引き揚げると逆に脅迫されたのだ。

派遣会社の浸透は毎日の夜勤一人と早出一人と重要な位置に食い込んでいた。今から派遣を切り、職員を雇って夜勤一人と早出一人をきちんと一人前にやらせるにはトレーニング期間を含めて優に3カ月ぐらいはかかってしまう。そんな余裕はなかった。上司はこの時派遣会社と施設との力関係が逆転した事を認識せざるを得なかった。派遣会社はすでに施設側がすでに切れに切れないくらいずっぽり派遣に依存しきっていることを見抜いていた。だから、施設の足元を見て弱みと突いてきたのだ。派遣会社が施設より一枚上手だったのだ。

現代版オドアケルに滅ぼされかけている施設を紹介したが、いかがだっただろうか?派遣を使えば施設は白アリに食いつくされるように蹂躙される。傭兵に頼りすぎると国は滅んでしまうというマキャベリの教訓はここでも生きている。次週は派遣を使えば具体的にどのような不利益が生ずるか解説しよう。

エル・ドマドール

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[14]差別する介護職
[77]生活保護(2)派遣村について

[107]利用者への搾取(下)

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今回は前回の金沢有紀の物語の続きだ。話を始める前に言っておきたいことがある。よく施設で働く人々の中には「利用者のために~したい」と言う人がいる。俺はこの台詞が虫唾が走るくらい嫌いで偽善そのものだと思っている。でも、建前や自己アピールのためにこの台詞が出るならそれはそれで構わない。本心では利用者など心底嫌っていて、入院しても見舞いすら行かない人でもそういう台詞を吐ける人はいくらでもいる。しかし、問題は本心からそう思う人の場合だ。本当に利用者のために尽くしたいなどと本心から考えているなら止めた方がいい。

なぜか?それをこれから説明しよう。

金沢有紀が強欲な姪と対峙した1週間後、有紀は上司に呼び出された。何かと思って上司を訪ねると、有紀を相手に苦情報告が上がっているとのことだった。あのシズコの姪が有紀に厳しく非難された事を根に持って、上司にクレームをつけたのだった。有紀は思わぬ展開に驚いたが、自分の言い分を上司に伝えた。

「確かに怒鳴ったのは行きすぎだったと思います。しかし、あの姪はシズコさんにあんな中学校の体操服みたいな服を着させても構わないと言うのです。それはあまりにもシズコさんが可哀そうではないですか?そう思うと我慢が出来なかったのです」

有紀の行動はシズコを大事に思うばかりの行動だった。行き過ぎだったが、有紀が怒鳴らなければシズコは体操服姿で外出イベントに参加していただろう。しかし、上司はそんな事を酌量するつもりは一切なかった。事なかれ主義で保身に長けた上司は施設長への体面を取り繕うばかりで、クレーム処理を穏便にすることしか頭になかった。上司は有紀に直接謝罪するように求めた。

「嫌です!!シズコさんに対して認知症でわからないからって体操服でも平気だって言うのは到底許せるものじゃありません。私は間違ったことをしていません。絶対謝りません!!」

有紀は若さと正義感ゆえに自分に嘘をつくことができなかった。しかし、施設長にまで謝罪するように求められた有紀は自分の将来の事も頭によぎったのだろう、結局姪に謝罪することになった。

以上で金沢有紀の物語は終わるが、どうして俺が「利用者のために尽くす」という考えを止めた方がいいのかわかるだろうか?単純な答えだ。利用者より身元引受人つまり家族の方が発言権が強いからだ。利用者のために仕事をしたくても、それができない環境にあるのだ。とりわけ介護現場では誰もが正しいと思う基本的人権などの正義やモラルが歪められやすい。この例の強欲な姪はかなりひどい家族だが、こんな家族はいくらでもいる。そして困ったことに「お客様第一主義(利用者のことではない)」がこの業界でも慣例になった現在、このような醜いエゴや不正義と戦う気骨のある施設は姿を消してしまったのだ。

介護保険が導入され介護が社会化されてもう10年近くが経つが、現在も利用者は搾取されやすい状況下におかれている。利用者の搾取と言うと生活保護受給者を囲い込み生活保護費を搾取する貧困ビジネス、劣悪な環境の中で障害者を無給で働かせるなどがたまに新聞を賑わせている。介護施設も利用者を巧みに騙して搾取しているように思われていることが少なくない。確かに俺の経験でもそういう所は存在した。(第8回「モラルよ、さらば」を参照)

しかし、一番ひどい搾取者は身近にいるものだ。これはマスコミも報道していないが、利用者を一番搾取する可能性があるのは実を言うと家族だったりする。このシズコのケースのように利用者の年金を握っておきながら利用者の必要な生活費をなかなか払わない家族が多い。下手すると利用者の年金を自分たちの借金返済や生活費に使い込むことすら有り得る。このため利用者の介護利用料が払われないケースもある。その場合、施設側は不足した利用料が入ってこないため赤字分を負担することになってしまう。

利用料を払わない利用者は退所させればいいのかもしれないが、この場合利用者も被害者なのだ。相談員をしている人ならよくわかるだろうが、一度入所した利用者を退所させることは容易ではない。退所した後の行き先も家族も引き受けを拒否するのは目に見えている。社会的入院を減らしたい病院も難しいし、3年待ちが当たり前の特養も難しい。そもそもこんな問題家族のいる利用者を受け入れる施設、病院などどこにもない。こんな事態を防ぐために施設によっては入所する時に年金の管理を施設に委託するように求めるところもあるが強要はできない。しかもどんなに本人と関わりを拒否する家族も年金は手放したがらない。しかも高齢者の場合は死亡すればそのまま遺産になるため、家族が生活費を本人の財産にも関わらず拠出したがらない傾向が強くなる。

普通の会社や社会では他人の金を搾取した場合は横領罪や窃盗で告発されるだろう。しかし、家族が相手で福祉現場の場合はそれすらままならない。せいぜい社会保険庁に連絡して年金の振込先を本人名義で新たに作った口座に変更させるぐらいだろう。しかし、家族と揉めることが必至なこの策を実行する勇気は社会保険庁や施設にはないだろう。後見人をつけて年金管理をさせると言っても家族を無視してすることは現実的には困難だ。警察といい役人たちも福祉と名がつくと介入を嫌がる。マスコミもそう。障害者や認知症を抱える家族と言うとそれだけでアンタッチャブルになるのだ。

最後に言っておくがたいていの利用者家族はこんなひどい人たちではない。中には逆に年金が少ない利用者のために自分の財産を削ってまで必要物品を購入する素晴らしい家族もいる。しかし、利用者の年金や財産を搾取する家族は確実に存在する。そしてこんな偽善的な家族に対して法的規制も何もない。利用者を一番搾取する可能性があるのは施設でもなく、貧困ビジネスでもない。それは家族なのだ。家族の搾取から利用者を守る方法は今のところ全くない。

エル・ドマドール

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[08]モラルよ、さらば
[106]利用者への搾取(上)

[106]利用者への搾取(上)

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前回の「障害者自立支援法」を読んだ友人にこんなことを言われた。

「君はいつも利用者側に手厳しいな。確かに利用者側のモラルの問題を挙げるのは他のメディアがやらないから、それはそれで意義があると思うよ。でも、利用者が騙されたり、搾取されている実態も現実にあるんだ。それも書かないとフェアじゃないぞ」

確かに今までのメルマガを見ていると、利用者に対して辛い内容が多いのは否定できない。友人の意見はもっともだった。そこで今回は公平を期すために利用者が搾取される現実を伝えよう。

まずは俺の実際の体験を紹介しよう。

まだ俺が特養にいた頃だ。新人女性ヘルパーの金沢有紀はまだ21歳。理想高く、熱心で元気なヘルパーだった。彼女は岡シズコという85歳の認知症女性を担当していた。熱心な有紀はシズコの身の回りを世話していた。排泄、食事などの日常生活援助だけではなく、持っている衣類の整理もしていた。もうすぐ施設の外出イベントが迫っていた。有紀はシズコが外出に着て行けるような立派な服がないかシズコの所有物を探してみた。利用者思いの有紀はシズコの外出イベントをより良くしたいと願っていたのだ。しかし、探しても探しても使い古しのジャージやどこかの高校や中学校の体操服みたいなものばかり出てくる。中には穴が開いているものやパッチがしてある服まであった。

「なんなのよ?コレ?ひどい服ばかりじゃない」

思わず独り言をつぶやく。どこを探しても、外出イベントに耐えられるような服はない。名札が付いてあるような体操服姿を街角でさらすなんて冗談ではない。きちんとした服を買ってこようかと思ったが、シズコの預かり金がほとんどないために買えなかった。シズコの金銭を持っているのはあまり面会に来ない姪だった。この姪が身元引受人だった。有紀は仕方なく姪に電話して服を持ってくるように要請することにした。有紀は単刀直入にいい服があれば持ってきて頂きたいとお願いした。

「あれ?確か叔母にはこの前、いっぱい服を持っていったと思いますが」
「確かに服はたくさんあるんです。しかし、なんか体操服みたいのばかりで、、、こういう服はどこで?」
「ええ、バザーでいっぱい安く売っているんで、叔母に見繕っていっぱい買ってきたんですよ。中学生や高校生の服ってバザーでも本当に安いんですよ」

能天気な姪の口調だが、有紀はショックを受けた。バザーで二束三文で買った服を高齢者に着させる?しかも高校生や中学生の体操服を90近いシズコが着ている姿は毎度のことながら異様だった。有紀は決して気の長い方ではない。若く熱心な分、すぐに感情的になりやすい方だ。怒りを我慢しながら聞く。

「もっと外出イベントに相応しい服はないでしょうか?」
「え~~~。そんなこと言われても。家には叔母のはもうないですよ」
「では、購入して持って来ていただけないでしょうか?」
「いやぁ。私もちょっと最近体調が良くないし、いろいろね?ホラ、私も忙しいですし」

姪はめんどくさいと言わんばかりの口ぶりだった。有紀はもうひとつお願いをすることにした。

「はぁ。わかりました。お宅にはシズコさんの服はないのですね。何ならこちらで購入いたしますのでお金を持って来て頂くか、それか小口現金の口座に振り込みしていただいてよろしいですか?」

利用者の個人的な買い物をするなど、本来施設職員の義務ではない。有紀は姪の態度にいらつきながらもシズコのために譲歩をしたつもりだった。しかし、姪の返事はつれないものだった。

「いやぁ、できればそうしたいけどねぇ。でも、最近介護保険料も上がったし、物価も高いし、、」

「確かシズコさんは年金を受給していますよね?そのお金はあるはずですよね?」

「まぁ、そりゃ、確かに」

姪は渋々認めた。

「年金から介護保険料と利用料を引いても服を買うお金ぐらいはあるはずです。今回面倒なのは申し訳ないですが、きちんとした服を買うための費用を出していただけますか?」

「いやぁ、私もいろいろ仕事とかもあって、忙しいし・・・」

バザーに行ってあんなふざけた服を買う暇あるなら、お金を持ってくる時間ぐらいあるだろ!!有紀は思わず怒鳴りそうになる。しかし、なんとか我慢して事情を説明する。

「いろいろお忙しいのはよくわかります。しかし、シズコさんのためなんです。どうかお金だけでも振り込んでください」

有紀の口調は懇願そのものだった。しかし、次の姪の無神経なセリフは有紀の我慢を吹き飛ばすものだった。

「どうせ叔母は私に会っても誰かわからないし、それにねぇ。どうせボケて体操服着せられても分らないし平気じゃないですか。ハハハハ」

我慢の限度だった。気付いたら有紀は涙ながらに受話器に怒鳴っていた。

「いい加減にしてください!!シズコさんを何だと思っているんですか!?たとえ認知症でも人間なんですよ!あなたは自分の肉親にあんなみっともない恥ずかしい体操服を着せられて平気なんですか!シズコさんの年金はアンタの金じゃない!今すぐ持ってきて下さい!!」

「わ、わ、わかったわよ。そんなに怒鳴らなくても・・・」

有紀の激発に気押されたのか、良心が痛んだのか姪は2日後に服代を施設に持ってきた。有紀の熱い正義感が勝利したかに見えた。

ここまで読んで如何だっただろうか?実を言うとこの話には続きがある。次回にその続きと利用者が搾取される構造を話そう。

エル・ドマドール

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