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[81]ダウン症

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前回は知的障害者の一つ、自閉症を語った。今回は知的障害者の中でもダウン症について語ろう。第74回で大体のさわりについて書いているが、今回それをより詳しく書きたいと思う。

(1)歴史

ダウン症は1866年にイギリスの眼科医ジョン・ラングトン・ダウンが学会で発表した。ダウン症というのはこの発見した医師にちなんで名付けられている。彼はこの症状をモンゴル人などアジア独特の遺伝子障害だと判断し、「蒙古症」「蒙古痴呆症」と呼んだ。しかし、これは後に誤りであることが判明する。このためダウン症の事を「蒙古症」などと呼ぶ事が今でもあるが、それは差別用語なので注意しよう。この時はなぜダウン症児が生まれるのかはわからなかったが、1959年にジェローム・レジューンにより21番染色体が3対に分裂していることが判明した。ダウン症が遺伝性の疾患であることが判明したわけである。

(2)原因

先ほども述べたがダウンはこの症状を「蒙古症」と呼んだが、この症候群に人種は全く関係ない。ダウン症とは23対の染色体のうち、21番目だけが3本存在する(トリソミ~)ことから発症する遺伝性疾患だ。1000分の1で発生することが判っている。原因は高齢出産だと学識者(特に医師)は言うが、それは医療従事者のプロパガンダ(政治的宣伝)だ。いや、プロパガンダと言うよりも自分たちの失策を隠すための大嘘だと言ってもいい。確かに統計上では高齢出産であればあるほどダウン症児を生む可能性は高くなる。だが、それは高齢であればあるほど蓄積されたレントゲンなどによる放射能被曝量が高くなるからだ。ここではもう断言しておくがダウン症の原因は放射線被爆による遺伝子異常に他ならない。医療従事者たちは放射線がどれだけ患者に害を与えているのか隠すためにダウン症の原因を高齢出産にあると主張しているのだ。

ダウン症になる過程でヒト遺伝子の21番目の染色体が3体に分裂する。放射線は人間の遺伝子に悪影響を与えることがはっきりしている。放射線がダウン症に関係していると言わざるを得ない。原子力発電所が時には放射能漏れなどで危険なものであるのは誰もが知っているだろう。送電線、核弾頭、など放射線の危険はあちこちにあるが、一般人が最も放射線を浴びるのは病院でのレントゲンなのだ。

少し話が横道にそれるがいい機会なので医療被曝について話をしよう。放射線被曝に対して医療従事者たちは必ずこんな反論をする。「レントゲン検査に使う線量は低いから体に害はありません」しかし、これは二つの点で誤解を招く。いや誤解どころか悪質な偽証と言ってもいい。まず一つ目は被曝しても大丈夫な放射線量などない。そして二つ目は放射線量は蓄積されるということだ。どういうことかと言うと、被曝した放射線は一生消えることは無く、大量に蓄積されるとがん細胞を生み出す。よくがん検診でレントゲンが使われているが、そのレントゲンこそがんの原因になっているという皮肉極まりない現象がおきているのだ。小児白血病、甲状腺機能低下症や糖尿病、心臓病、高血圧など生活習慣病などにも医療被曝が関係している

(3)外見的特徴的

顔立ちに特徴があり、独特の風貌がある。ダウン症を発見したジョン・ラングトン・ダウンは論文で次のように表現した。「目尻が上がっていてまぶたの肉が厚い、鼻が低い、頬がまるい、あごが未発達、体は小柄、髪の毛はウェーブではなくて直毛で薄い」写真で見てもらえば判りやすいが、このメルマガでは無理なため実践で見てもらうしかない。しかし、慣れてくると一見でダウン症の見分けが出来るようになる。

(4)先天的疾患

やはり遺伝子疾患のためか、先天的に高い確率で内臓に重篤な疾患(心臓、肝臓、白血病など)を抱えている。知的障害を高確率で持つ。また肥満や骨格や筋力の発達が遅れたり、白内障や斜視などの眼科問題を抱えることも多い。甲状腺機能の亢進症と低下症もダウン症に多い。医療技術がまだ未発達だったころは先天的な疾患を治療する方法が乏しいため平均寿命が20歳前後だったが、今は医療技術の発達により50歳前後まで生きることができる。ただ40歳を超えるとアルツハイマー病が高確率で発症する。

(5)知的障害

ダウン症児の多くはかなりの確率で知的障害を持つ。しかし、言っておくが全てのダウン症者が知的障害を持つわけではない。知的発達遅滞には人それぞれ個人差が広く、中には高い知能を持ち大学卒業するぐらいの知能をもつダウン症児もいるのだ。


(6)特徴

性格は陽気だが頑固な傾向が強い。ただこれも個人差が大きいのでステレオタイプで決め付けることが無いようにしたい。自閉症児と違うのはコミュニケーション能力は比較的良好なため安定した社会生活が送りやすいことだろう。

エル・ドマドール

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[80]自閉症

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以前、知的障害者についてシリーズでどういう人々なのか説明してきた。しかし、自閉症やダウン症など個々の知的障害の原因疾患についてはさわりしか語っていない。74号で自閉症について大まかに説明したが、まだまだ自閉症について知らなければならないことがあるのだ。アカデミー分野などで語られる自閉症はやたらと難解な用語や理論が多くわかりにくいのが現実だ。今回はそれらを誰にでもわかりやすく解説したい。

(1)定義

よくうつ傾向にある人や、他人とコミュニケーションを取りたがらない人々を揶揄して自閉的と言うが、それは偏見を助長する見解だと強調しておく。本物の自閉症児はそんなものではない。知的障害=自閉症と思われていることが少なくないが、少しそれは違う。自閉症が知的障害の原因疾患になることが多いが、全ての自閉症児が知能が低いわけではない。まれに健常者以上の知能をもつ「アスペルガー症候群」、「高機能自閉症」と呼ばれる人もいる。しかし、自閉症といえば知的障害を併発している人々を指すことが多い。彼らを前提として自閉症を語りたい。

自閉症とはいったい何か?それは先天的な脳機能障害による発達障害が原因で、健常者のようなスムーズなコミュニケーションが取れない障害なのだ。つまり、彼らは言いたい事を適切に表現するのが難しく、また他人から言われたことに対して適切に反応するのが難しい。そのため何を言われても何をされても無言だったり、脈絡のないところで大声を出すなど、誤解される事が少なくない。自閉症とは突き詰めれば他人との意思疎通が難しい障害なのだ。

(2)原因

どうして自閉症児が生まれるのかについては結論から述べると今のところわかってはいない。遺伝、高齢出産などが原因ではないかという仮説もあるが、未だはっきりしない。自閉症など知的障害をもつ子供が生まれると、家系に原因があるのではないかと疑われることが少なくない。しかし、それは偏見であることを言っておく。自閉症は人種も関係ないし、ましてや育て方や生活習慣とは全く関係ない。

(3)てんかん発作

自閉症の原因はよくわかっていない。しかし、自閉症が脳機能障害であることははっきりしている。そのためか自閉症児にはてんかん(癲癇)発作の現病が多く見られる。てんかんとはわかりやすく言えば脳の内部で異常放電が起こり、痙攣や失神を起こすことである。発作が起きても様子を観察するだけでいいが、入浴中などに起こると危険なので注意が必要である。

(4)こだわり行為

「同じ服しか着ない」「水道の水を規則的に開閉する」「本を特定の順番に並べる。誰かが動かすと強引にでも元に戻す」などなど自閉症=こだわり行為と言ってもいいぐらい自閉症児は大なり小なり何らかのこだわり行為がある。

第76号で語ったように知的障害者はルーチンワークに強いが、自閉症児はとりわけその傾向が強い。それを象徴するのがこだわり行為なのだ。こだわり行為が大好きなのは自閉症ばかりではない。健常者だって同じだ。ジンクス、ゲン担ぎ、マニュアル化、整理整頓など健常者の中にもこだわり行為が大好きな人は多い。しかし、自閉症児のこだわり行為に対する執着は文字通り病的と言ってもいいぐらい強い。健常者はいざとなれば自分のこだわりを捨てて、臨機応変に対応することができるが、自閉症児はどんなことがあってもこだわりを捨てることがなかなかできない。彼らは「こだわり」に命や人生を掛けていると言っても過言ではない。その柔軟性の無さが自閉症という障害をより困難にしているのだ。しかも恐ろしいことに暴力行為、自傷行為、破壊行為などに拘る人もいる。

自閉症児がなぜこだわりにあれだけ執着するのかはまだ判ってはいない。しかし、健常者がジンクスやマニュアルなどに「こだわる」のは不安やストレスから逃れるためだ。それと同じく自閉症の人もストレスを感じるとよりこだわりに対する脅迫が強くなる。自閉症児にこだわりを止めさせるのは不可能だが、無駄なストレスを掛けないことが事態を悪化させない方法であることを理解しておこう。

ストレスを掛けるのは良くないが、だからといって周りの人に迷惑を掛けるくらいこだわりを放置する事はできない。もし、それが暴力など危険なものであれば尚更だ。どのぐらいでこだわりを止めるのか?それは非常に難しい判断だ。自閉症児と付き合う場合、この問題はどこにでもついて回ると思って欲しい。

(5)TEACCHプログラム

TEACCHとはTreatment and Education of Autistic and related CommunicationHandicapped Childrenの略称である。ティーチと発音する。日本語の意味としては「自閉症及びそれに関連するコミュニケーション障害を持つ子供の治療と教育」知的障害者福祉関係者なら一度はティーチプログラムを聞いたことがあるだろう。だが、その意味はほとんど答えられないのが現状だ。そこで今回は俺がわかりやすく答えよう。

結論から言おう。ティーチプログラムは全く役に立たない机上の空論だ。知的障害者を援助する人々や教育機関の人々が聞いたら気分を害すだろうが、本当の事だ。そうでないなら具体的に説明するべきだ。どうしてティーチプログラムについて知的障害者の福祉関係者でさえろくに答えられないか?具体性がないからだ。

指導のカリキュラムは非常に立派だ。「広いコミュニケーションを目指す」「適切な職業技能、学習行動、対人行動を身に付けさせる」・・・・だが、それらを実践するにはどうしたらいいのかという具体性がどこにも書かれていない。「適切な対人行動を身に付ける」のは確かに大事だ。だが、それにはどうすればいいのか?どんな援助が必要なのか?それこそが問題なのだ。それが簡単に判るなら苦労しない。だから机上の空論なのだ。

(6)人間関係

自閉症とは先ほども言ったように他人と意思疎通が難しい障害だ。声を掛けても、注意をしてもなかなか相手が言うことを聞いてくれないことが多い。そこでどうすればいいのだろうか?実を言うと、自閉症児に指導をしたり、コミュニケーションを取るためにはそれなりの「関係」が必要なのだ。自閉症児は極端に言えば肉親や親友以外の人間の言う事は耳を貸さなくてもいいと考える人たちだ。まずは彼らと肉親並みの強い人間関係を構築することが必要なのだ。「関係」を作るには食事を一緒にする、遊ぶ、介護をする、話す、仕事をするなど何らかの共同作業をすれば自然にできてくるだろう。とにかく自閉症に限らず、知的障害者たちと関わるには人間関係が必要なことを覚えておこう。

エル・ドマドール

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前回前々回と知的障害者について語ってきた。知的障害者の事を知りたいならば、前回のことを少しおさらいしよう。

(1)最大の弱点はストレス

前回で俺は知的障害者の中には電車やバスに乗れない人もいることを語った。健常者には想像つかないだろうが、知的障害者にとって電車やバスなどに乗ることは強いストレスになってしまうのだ。個人差はあるが、ストレスに弱いために一般社会で公共の場所に行けない人もいる。そして実を言うと、この事は知的障害者と関わる以上切っても切り離せない要素である。

「余計なストレスを与えない」これは彼らと接する上での基本的原則と言ってもいい。彼らの弱点は規制や抑制などによるストレスなのだ。そしてストレスに弱い彼らにとって、施設やグループホーム、授産所、作業所は最もストレスのかかる場所なのだ。更生施設に入所している知的障害者は社会のストレスに耐えられないからこそ、施設に入所している。しかし、最もストレスに弱い人々を最もストレスの高まる場所に収容している。何たる皮肉だろうか?

何度も強調するが、知的障害者とうまく付き合うコツは出来るだけストレスを与えない事につきる。しかし、社会に進出する以上、また施設にいる以上、どうしても最低限の規制は必要だろう。その規制と自由のバランスをどうするかがまさしく知的障害者の処遇にとって永遠の課題と言ってもいい。さっきも述べたが知的障害者一人一人のストレス耐性には差がある。どのぐらいのストレスなら耐えられるか?その見極めが大事なのだ。

だが、知的障害者を処遇する側がしてきた事はこれとまさしく逆の事だった。個人個人のストレス耐性など考慮しないで、社会に出そうとするなど乱暴極まりない。彼らは知的障害者の弱点がストレスにあることも知ろうともせずに、脱施設化みたいな馬鹿げたプログラムの実験台にしてきた。中には上手く行った人もいるが、知的障害者の実情よりも理念が先走ったその成果は凄惨たるものだった。(詳しくは第3回、第4回に連載した「脱施設化が招く悲劇」を参照)犠牲になった知的障害者にとってはたまったものではない。

(2)抽象的概念に弱い

ストレス以外にも彼らにはもう一つの弱点がある。それは一言で言えば「抽象的概念や観念論の理解が難しい」と言う事だ。抽象的とか観念論などと聞くと分かりにくい人が読者にも多いかもしれない。例をあげて説明しよう。例えば「思いやりを持ちなさい」「礼儀作法を大事に」と聞けば健常者は何のことか分かるだろう。しかし、知的障害者にこのような事を言っても具体的に何をしたらいいのか理解が非常に難しい。

「思いやりを持ちなさい」の「思いやり」とは具体的に何か?「礼儀作法」と言っても日常生活の挨拶などのコミュニケーションや茶道の作法に至るまでその定義はあまりにも広すぎる。健常者はこれらの抽象的な言葉を自分の経験や学習により無意識的に具体的な行動に置き換えているのだ。だが、知的障害者はその障害ゆえにどうしてもそれが難しい。さらに問題なのは知的障害者福祉の関係者は殆どその事を理解していない。だから平気で「普通にしなさい」「賢くしなさい」「常識をわきまえろ」など知的障害者に言ってしまう。言われた側からするとあまりにも分かりにくくて、雲を掴むような話なのだ。

だから知的障害者に言う時は具体的に言わないといけない。「礼儀作法を大事にしなさい」と言われても彼らには分かりにくいが、「出会った人には『こんにちは』と言いなさい」なら彼らには理解しやすくなる。知的障害者に接する時は是非この事を念頭において欲しい。

また抽象的概念の理解が難しい事は思わぬ弱点を抱える事を意味している。実を言うと知的障害者は時間に弱い。例えば彼らに「5分待ってくれ」と言ってもその5分がどのくらいの時間なのかが感覚的に理解が難しいのだ。5分が長いか短いかは個人個人の価値観によるだろうが、少なくとも健常者は1秒を300回刻めば5分になる事は感覚的にも理解している。だが、知的障害者はその「感覚的」な理解が難しい。だから彼らに「5分待ってくれ」と言ってもどのぐらい待たされるのか分からないために、パニックや不安になりやすいのだ。

知的障害者と接する時は時間に関する言い方には神経を使う。15時と言えば、それが何時なのかも理解が難しい。「3時って長い針が3のところにある時だったかな?」など言っているのを聞くと改めて彼らに時間の概念を理解させる困難さと共に、知的障害の厚い隔たりを感じざるを得ない。因みに知的障害者にはアナログ時計よりもデジタル時計の方が理解しやすいことを覚えて欲しい。

(3)予定外の行動に弱い

誤解されやすいが、認知症老人と違い知的障害者には記憶障害はあまりない。知的障害ゆえに理解できない事は覚えられないが、理解できる事はよく覚えている。電車の時刻表や沿線の駅の名前を全部言える知的障害者もいる。記憶能力は健常者と変わらないと言ってもいい。

記憶力がいいために一度日常生活の予定が決まるとその予定を遵守してくれる。例えば朝起きて作業所に行って仕事をして夕方に帰ってくる。これを6日繰り返して、日曜日は休むなどスケジュールを決めると日常生活を安定させる事ができる。ルーチンワークに固めることは知的障害者福祉には欠かせない大事な要素だ。

ルーチンワークに強い彼らだが、それが災いになる事がある。例えば水曜日が祝日の為に作業所が休みになるとする。いつもは水曜日は作業所に行く日のはずだから彼らは心配になってこんな事を聞いてくる。

「今日は仕事に行くの?」
「今日は水曜日だけど、祝日で休みなんだ。今日は仕事無いよ」
「・・・・・わかった」

しぶしぶ引き下がるが、やはり気になる。そこでもう一度聞きに行く。
「やっぱり今日は仕事に行くの?」
「さっき説明したじゃないか!今日は休みだよ!」

こんな事はよくある。彼らは予定外のハプニングやトラブルに弱い。スケジュールやルーチンワークに狂いが生じるとそれを上手く修正できないのだ。彼らに柔軟性や臨機応変などはないことを覚えておきたい。

(4)まとめ

以上で三週にわたり、知的障害者について語ってきた。少しはご理解のお役に立てれば嬉しいが、いかがだっただろうか?今回のシリーズでは知的障害全般を網羅するように心がけた。実を言うと、知的障害の中でも自閉症やダウン症の人は少し違った特徴がまた見られる。このことはまたの機会に語ろう。

エル・ドマドール

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前回に続き今回も知的障害者について語りたい。今回は知的障害者に対する誤解と偏見について説明をしよう。

よく街中で知的障害者を見かける機会はあるだろう。特に電車やバスなどで障害者優待を受けている彼らに遭遇する機会は多いものだ。その時に知的障害者、特に自閉症の人の言動に不快感や違和感を感じる人もいるだろう。口では「差別は良くない」とは言っていても一般の人と明らかに違う彼らの言動にどうしても戸惑いを感じる人はいるだろう。俺はその事自体は仕方が無いことだと思う。人間どうしても社会基準から外れた言動には嫌悪感を抱きがちだからだ。また中には知的障害者の犯罪報道などを見て、彼ら知的障害者から何か危害を加えられるのではと恐怖感を抱く人もいるかもしれない。だが、安心して欲しい。まずそんな事にはならない。

なぜなら公共交通機関を使いこなせる知的障害者はかなりのエリートクラスだからだ。少なくとも社会適応においては能力がかなり高い人たちだ。無闇な暴力行為など滅多に無い事を強調しておく。電車やバスに乗るにはかなりの知的能力が必要とされる。決められた時間に決められた行き先の電車に乗り、予定された駅で降りる。そして電車やバスが遅延している場合にも柔軟に対応する。健常者には何気ない事だが、これが出来る知的障害者はかなり優秀なのだ。また知的障害者が社会に出るにはある"弱点"が無い事が絶対条件だ。

(1)知的障害者の弱点は?

知的障害者の致命的な弱点は何か分かるだろうか?それは「ストレス」だ。彼らがパニックを起こしたり、暴力行為に及ぶ時はストレスに耐えられない時だ。これは精神障害者でも認知症でも、そして健常者も同じだ。

上の例で言うと社会適応レベルの低い知的障害者の場合、バスや車に乗るとパニックを起こして暴れ出す人がたまにいる。一般の人にはなぜ電車やバスに乗って暴れ出すのか理解できない人もいるだろう。実を言うと、バスや電車などに乗るのは人間にとってかなりストレスのかかる行為なのだ。閉じ込められた環境で行きたい所へいつでも行けるわけじゃない。しかもあたりは知らない人ばかり。自由が抑圧された環境に耐えられない人々がマイナーながら存在する。それが彼らなのだ。

同じようなことは閉所恐怖症の人々にも見られるし、パニック症候群に苦しむ人の中には同じ理由で電車やバス、エレベーターなどを使えず社会生活が出来ない人々も存在するのだ。健常者はそれらのストレスにも耐性があり、言い換えればストレスに対し鈍いためにそのような激発をしなくてすんでいるのだ。しかし、それでも長い時間満員電車に揺られて通勤していると作業能力が落ちたり、感情的になりやすい事が研究で明らかになっている。要は人間ストレスには大なり小なり苦手なのだ。問題は程度の差で、満員電車でも平気な人がいれば、がらがらでもパニックを起こす人がいるのだ。知的障害者の中にもストレスに弱い人とそうでない人と両方の人々がいる。街中で会う知的障害者はある程度ストレスに対する耐性がある人々ばかりなのであまり過度な心配はしないで欲しい。

以上で知的障害者の弱点がストレスにあることは分かって頂けたと思う。彼らの天敵は規律などの自由を束縛するものだ。だから社会適合レベルの低い知的障害者の場合、作業や仕事ができない人々がいる。どうしても仕事や作業などには規律が欠かせないからだ。だが、社会に出て仕事をこなすレベルではなくても、施設で作業はなんとかできるレベルの人もいる。そういった知的障害者が利用するのが授産施設だったり、作業所だったりするわけだ。

だが嘆かわしい事に作業所、授産施設などを建設するとなると大反対する人々が必ず出てくる(詳しくは11号「現実からの逃走」を参照)。知的障害者入所施設なら施設を"無断外出"して地域住民に迷惑をかけることがあるので反対する理由は分からないでもない。しかし、授産施設や作業所を利用するレベルの知的障害者が地域住民に迷惑をかけることはまずない。暴力行為などトラブルになりがちな知的障害者はまず授産施設や作業所には殆どいないのだが、現実は知的障害者というだけで何でも反対と偏見で見られているのだ。

(2)レベルの差

普通の人々は知的障害と聞くと知能が普通の人より劣っていると思いがちだ。勿論それは間違いではない。だが、知的障害者の中にもかなりのレベルの差がある事はあまり思いが及んでいないようだ。知的障害者は個人個人でかなり多様な人々だ。重度の人は排泄や入浴などが一人で出来ないなど、ADL(日常生活動作)にかなりの介護が必要になる人もいる。一方軽度の人は4桁の数字のロックナンバーを覚えて、開錠して無断外出するなど知的能力が想像以上に高い人もいるのだ。特に重度の人は身体障害や合併症がある人が多く医療ケアが欠かせない場合もある。

一般の人は知的障害者の中でも、「賢い」つまり軽度の人ほど犯罪などトラブルを起こしにくいと考える傾向がある。しかし、現実は逆だ。無断外出、盗癖、暴力などの犯罪や深刻なトラブルはむしろ軽度の知的障害者の方が多い。重度の知的障害者は知的能力が低いために犯罪を犯すには至らない事が多い。皮肉な事に悪い事をするにもある程度の知的能力を必要としているのだ。

今回も長くなってしまった。次で知的障害者の全容について最後にしよう。

エル・ドマドール

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このメールマガジンはいろんな人に読まれているが、一般の人が「福祉」を実感するのは電車やバスで知的障害者と出合った時が多いかもしれない。普通の人とは違う彼らの振る舞いに恐怖感や違和感を感じていても、気にしない振りをしている人も多いだろう。今まで長い間連載をしてきたが、不思議とこのテーマは触れたことが無い。別にタブー視しているわけではないし、一応知的障害者施設に勤務した経験もある。そこで今回は知的障害について語ろう。

まず最初に語っておきたい。何度強調しても足りないが、知的障害の分野には他の福祉分野よりもタブーや禁忌がまとわりつく。老人福祉、身体障害者、視覚障害者、ろうあと違いなぜか知的障害にはタブーが多い。同じ事は精神障害者にもいえる。メンタルが絡むとタブーが増えるようだ。知的障害は社会の人々には知られたくない事が多い。これからはその事を念頭において読んで欲しい。

(1)定義

意外な話だが、実を言うと知的障害者について明確で客観的な基準を定めた法令はない。知的障害者を保護する法律としては「知的障害者福祉法(旧・精神薄弱者福祉法)」があるが、そこにも定められていないのだ。

一応の基準としてはIQ80以下が一つの目安と言われている。18歳以下で明らかな知能の発達に遅れが見られ、読み書きや計算などの知的能力に明らかな障害が見られる場合を知的障害と定めている。つまり乱暴な言い方をすれば他の児童よりも言葉を話すのが遅かったり、奇異な行動をすれば知的障害と疑われるということだ。本当に知的障害者の人権保護を目指すのであれば明確な基準を設けるべきではないだろうか?

俺がこんな疑問を突きつけると、こんな反論をする人がいる。「明確な基準を設けたらボーダーライン上(IQ80前後の軽度の人々を指す)にいる人の中には福祉サービスを受けられない人も出るかもしれない。できるだけ多くの軽度知的障害を持つ人が福祉サービスを受けられるように基準を曖昧にしているんだ」

だがこんな戯言はいい加減聞き飽きた。ボーダーライン上の軽度知的障害者を助けるために敢えて基準を曖昧にしていると言うなら、現在福祉制度から取り残されている軽度知的障害者の存在はどう説明するのか?IQ80以下の人々は統計によると日本国内に300万人存在するらしい。しかし、実際知的障害者として認定を受けているのはわずか推定40万人ほどしかいない。残りの260万人の知的障害者はどこに行ったのか?どこにも行っていない。世間体や社会的偏見のために敢えて周囲の人々が申請を行っていないケースが多い。福祉のセーフティーネットから取り残された彼らは社会生活に適合できずに苦しみ、中には施設ではなく刑務所に入所している人々もいるのだ。

俺はこの実態と知的障害の定義がない事は決して無関係ではないと考えている。知的障害者の定義が明確でなければ知的障害者の存在を無視できるではないか。自分の家族や親戚、関係者に知的障害者がいても、明確な定義が無ければ世間体の為に彼らの存在を抹殺する事ができる。定義の問題を解決できない限り、現在の知的障害者福祉法は知的障害者を救う法律とは到底言えない。知的障害者の業界関係者も家族も、あれだけ口やかましい保護団体も誰もこの問題を取り上げようとはしない。それは彼らが本気で知的障害者を保護しようとしていないと非難されても仕方ないだろう。そうではないと言うなら一刻も早く、知的障害の定義を明確にすることだ。これは緊急の課題なのだ。

(2)知的障害の種類

知的障害者には主に4通りのパターンがある。それらは「精神発達遅滞」「自閉症」「ダウン症」「脳性麻痺」である。俺の経験でこれ以外の知的障害者は見た事はない。それぞれについて簡単に説明しよう。

「精神発達遅滞」

今は差別語だがいわゆる「知恵遅れ」と呼ばれる人々がそれに相当する。子供の時から平均的な児童よりも言葉をあまり話せないとか、絵が上手くかけないなど様々な範囲で差が出てくる。比較的レベルの高いIQ70台ぐらいの子供だとあまり差が出ないが、それでも小学校教育を受ける頃にはその差が歴然としてくる。知的発達が遅れており、脳機能の障害が考えられるがその原因はよく分かっていない。よく貧困や虐待のために十分な教育が受けられず、字が読めないなどの未就学者などと混同されるが本質的には全く違う。未就学者は大人になってもきちんと教育の機会があれば学力は伸びるが、精神発達遅滞者はいくら教育の機会を与えても健常者レベルまでは知的能力の成長が見込めない。それが知的障害なのだ。

「自閉症」

先天的な脳機能障害で、これも原因はわかっていない。うつ病や内向的な人を自閉症と揶揄することがあるが、まったく本質的に違う。自閉症を解り易く言えば、「他人との意思疎通がうまできない人々」といえる。全ての自閉症者が言葉は話せない訳ではない。しかし、その言葉を使って話し掛けたり、聞いて反応する事が難しいのだ。障害の為に他人とのコミュニケーションが上手く行かず、よくトラブルや誤解を招きやすいところがある。知的能力も低下している事が多いため、知的障害者のカテゴリーに含まれているが、ごくまれに健常者以上にIQが高い人もいて「アスペルガー症候群」と呼ばれる事がある。映画「レインマン」に出てくるダスティン・ホフマン演じる自閉症者がまさしくそれに該当する。自閉症についてはまだまだ語りきれないところがある。詳しくはまたの機会を設けよう。

「ダウン症」

23対の染色体のうち、21番目だけが3本存在する(トリソミ~)ことから発症する遺伝性疾患。原因は高齢出産だと言われているが、正確には違う。実際にはレントゲンなどによる放射能被曝量が影響する。顔立ちに特徴があり、慣れてくると一見でダウン症の見分けが出来るようになる。高い確率で内臓に重篤な疾患(心臓、肝臓、白血病など)を抱えている。知的障害を高確率で持つが全てのダウン症者が知的障害を持つわけではない。正確は陽気だが頑固な傾向が強い。コミュニケーション能力は比較的良好なため安定した社会生活が送りやすい。

「脳性麻痺」

脳性麻痺とは受精から生後4週間以内に脳の損傷の為に運動機能に重大な障害が残る症候群である。脳性麻痺は主に身体障害と考えられるが、中には知的障害を併発する人もいる。脳性麻痺とってもその障害は様々で、身体障害だけの人もいれば、知的障害と身体障害を併発している人もいる。

今回は知的障害をテーマにしたが、かなり長くなってしまった。続きはまた来週を楽しみにして欲しい。

エル・ドマドール

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