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    <title>学校では教えない本当の社会福祉::エル・ドマドール</title>
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    <updated>2010-03-11T18:02:46Z</updated>
    <subtitle>福祉を騙る偽善と悪行そして真実。福祉が「善行」だと信じる「良き介護者」は読まないほうがいいでしょう。キャリア１０年以上の福祉界の猛獣使いことエル・ドマドールが暴く福祉の本当の姿、そして痛烈な真実。</subtitle>
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    <title>[126]リハビリテーション（２）</title>
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    <published>2010-03-11T17:39:10Z</published>
    <updated>2010-03-11T18:02:46Z</updated>

    <summary>今回は先週からの続きだが、まずは先週最後に述べた「関節の硬化は死への一里塚になり...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>今回は<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/03/125.php">先週</a>からの続きだが、まずは先週最後に述べた「関節の硬化は死への一里塚になりかねない」について少し説明をしたい。、先週を述べたように理論上固くなった関節は元のように柔らかくすることはできる。しかし、現実問題俺の介護キャリアの中で、関節が固くなってしまった人が元に戻ったケースは見たことがない。それどころか足が90度しか曲げられなくなるとその後、必ずと言っていいほど状態が悪化する。ある人は肺炎を起こして死亡し、ある人はうつ病にかかり食事ができなくなり胃ろうを造設したり、またある人は植物状態になったりする。いろんなケースがあるが、共通するのは関節が固くなり立てなくなったりするとその後、ADL（日常生活動作）表を更新しなくてはならなくなるほどの状態悪化が見られることだ。</p>

<p>どうしてこんなことになるのか？それは利用者の心理面が大きい。誰でもやはり膝が伸ばせなくなり立てなくなると大いに落ち込んでしまう。今までできていた事が出来なくなるショックは到底想像できるものではない。この状態を予防するには非常に地道な努力がいる。リハビリは筋力の向上など目に見える成果に注目をされがちだが、関節の柔軟性を維持するROM（この場合、ストレッチと同じ意味）こそ必要なのだ。だが、残念なことに今の制度では脳血管障害でも180日経つと保険診療の対象外になってしまう。その上、関節の柔軟性がどれだけ大事なのかはメディアでもそして福祉や医療の世界でもあまり知られていない。統計も取っていないのだから判りようがない。関節が硬化してからROMを始めても遅い。膝が自由に伸ばせるうちにROMをしておくのが大事なのだ。</p>

<p>もうひとつリハビリの大事な部分はモチベーションの向上だ。人間は誰しも辛いことを避けて楽な方に逃げるのが人情だ。疾病にかかり落ち込んでいる患者にとって一人でリハビリはかなり辛いものがある。だが、ＰＴやOTが見てくれている、応援してくれているとなるとやはり違う。人間は自分の尻を叩く人間がいるからこそ頑張れるところがある。人間の感情の機微は数字や統計には表れないが、非常に大事なのは確かだ。</p>

<p>しかし、状況は悪化するばかりだ。現在病院はどこも経営難で苦しんでいる。その状況を打開するためできるだけ早く患者を退院させ、空きベッドの回転を速くしたがる。だからろくにリハビリも受けた事のない利用者が増えるのだ。厚生労働省は「生活リハビリで十分リハビリの代用になる」と言う。生活リハビリとは入浴やトイレ介助、更衣など普段の日常生活動作で行うリハビリの事だ。トイレ動作で立ったり座ったりすることで筋力が鍛えられると言うのだ。しかし、そんなもの無知な人間を騙す方便にすぎない。実態は全く違う。生活リハビリで本物のリハビリの代わりには絶対ならない。介護施設などでも「利用者の能力をフルに発揮してもらう」とは言うが、スピード優先の介護現場ではどうしても過介助になりやすい。そもそも生活リハビリでは運動量が絶対的に足りない。介護施設の利用者は要支援１だろうが、要介護度５だろうが全員怠け者と考えていい。中傷のようだが、利用者の一日の9割は寝ているか遊んでいるか怠惰に過ごしているのが現実だ。かろうじて運動していると言えるのは1割ほどで食事や入浴、排泄、更衣ぐらいだろう。仕事もない、家事もない、食事は上げ膳下げ膳では運動量が低下するのは当たり前だ。生活リハビリなど幻想もいいところなのだ。</p>

<p>さて今回のメルマガもいかがだっただろうか？今回読者諸兄に大事なお知らせをしたい。たまごや様の諸事情により、この3月でこのメルマガはたまごや様を通じて発行が終了することになった。まだ詳細は決まっていないが、このメルマガの存続をどうするかは未だ暗中模索の状態だ。俺自身は書くネタにはまだまだ困っていない自負があるが、果たして読者諸兄がこのメルマガの存続を望んでいるのかが気がかりだ。</p>

<p>とりあえず120回以上、2年以上にわたり執筆を手伝っていただいたたまごや様に感謝を申し上げたい。そしてこんな言いたい放題のメルマガを読んでくれた貴方達、読者にも感謝したい。3月終わりまではきちんと発行するのでよろしくお付き合い願おう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/03/125.php">[125]リハビリテーション（１）</a></p>]]>
        
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    <title>[125]リハビリテーション（１）</title>
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    <published>2010-03-03T16:47:06Z</published>
    <updated>2010-03-11T17:43:12Z</updated>

    <summary>2006年4月から厚生労働省はリハビリの診療報酬について改定をした。それは脳血管...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>2006年4月から厚生労働省はリハビリの診療報酬について改定をした。それは脳血管障害は180日、心疾患と運動器は150日、呼吸器は90日以降のリハビリは診療報酬が0になるというものだった。しかもこれらは発症してからの日数で、発病してリハビリを始めてからの日数ではないのだ。政府の主張としては急性期、回復期のリハビリには効果が見られるが維持期のリハビリには効果が見られない。だからある程度の日数が経てばリハビリは不要だと言うつもりなのだろうが、当然ながら当時多くの患者、福祉団体、医療界から大反発を食らった。とりわけ患者によって障害が全く違うのに脳血管障害で180日で一律カットする基準は何なのか？という不満が強かった。</p>

<p>その当時、この改定に対する反対はすさまじいものがあった。どのメディアも政府に批判的だったを覚えている。しかし、今この問題は忘れ去られている。リハビリの日数が制限されるようになって介護の現場で何が起こっているのか俺が証言しよう。</p>

<p>＊能力の低下</p>

<p>入所系施設にいると痛感するが、最近入ってくる利用者のADL（日常生活動作）のレベルの低下が著しい。しかし、言っておくが本人の潜在的な身体能力は悪くない人が多い。明らかに身体能力は高いのに移動動作や立位動作などが下手なのである。これは言わずもがな十分なリハビリを施されていないためだと言える。</p>

<p>リハビリを十分受けている人と受けていない人で最も露わな差が出るのが補助具の使用や服を着たり脱いだりする動作だ。特に車椅子のコントロールが下手な利用者が近年目立つ。我流の動作が多いのも特徴だ。普通左半身麻痺の人は右手と右足で器用に車椅子を操作する。しかし、リハビリで鍛えられていない人は手すりを持ったり後ろ向きに車椅子を進めたりする人が多い。いずれにしてもそれでは屋外に出ていく事はできない。当たり前の事だが屋外では手すりはないし、後ろ向きで進むことなど許されない。</p>

<p>よく勘違いされていることだが、リハビリでは筋力ばかり鍛えているように思われるがそれは違う。リハビリで重視するのは筋力だけではない。筋肉の柔軟性も重要視する。筋肉の柔軟性を促進するROM（range of motion)を行うのも大事なリハビリの役目だ。ROMとは簡単に言えばストレッチで筋肉を柔らかくすることだ。</p>

<p>健常者には想像できないだろうが、足を伸ばせたり肩を回したりするのは当たり前の動作だと思っていはいけない。障害者や老人にはこの動作ができない、またはやりにくい人々がいるのだ。病気や骨折などで安静を強いられたり、または怠けて運動を全くしなくなると筋肉が固まり動きづらくなる。思ったよりも動けない自分にショックを受け、ますます落ち込み運動量が減り閉じこもりがちになる。このような身体面や精神面での低下を総称して廃用症候群と呼ぶ。本当の廃用症候群はもっと複雑で説明が必要だが、とりあえず「動かないことによる運動能力の低下」だと思ってもらえばいい。</p>

<p>この廃用症候群で一番恐ろしいのは関節の拘縮だろう。人間動かないとどんどん関節が固くなってしまう。それは老人の場合、特に顕著に現れる。膝が180度伸びていたのが、いつの間にか90度になり、下手すると30度ぐらいしか動かない人もいる。手も同様に肘が伸ばせなくなり、服を着替えるのも一苦労になる。そして最終的には胎児のように膝を抱えて丸まった姿勢になってしまう。</p>

<p>厚生労働省がリハビリの日数を制限した理由はある程度リハビリをすれば、筋力の向上は頭打ちになるというからだ。それは確かに間違っていない。個人差はあるがある程度筋力の向上についてはこれ以上リハビリをいくらしても伸びない限界がある。しかし、リハビリで本当に大事なのは関節の柔軟性を維持または向上させることだったりする。これはROMを止めてしまうと関節の硬化が少しずつ進んでいく。そして少し風邪でもひいて、安静にしているとかなり関節も固くなってしまう。膝が90度しか曲がらないと言う事は立位を取ることも、歩くこともできない事を意味する。またこれは服が着られないことや排泄が自立できない事に直結してしまうのだ。言っておくが固くなってしまった関節を元通りに柔らかくするのは至難の業だ。理論上ROMを施せば不可能ではないが、殆ど元に戻ることはない。そして恐ろしい事に関節の硬化は死への一里塚になりかねない。</p>

<p>この<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/03/126.php">続きはまた来週</a>にしよう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2008/12/66.php">[66]障害受容（1）</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2008/08/51.php">[51]ヒューマンスキル</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[124]生活保護（３）</title>
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    <published>2010-02-24T16:46:12Z</published>
    <updated>2010-02-24T16:48:42Z</updated>

    <summary>今回はまたまた生活保護をテーマにする。第77回でも語ったように今回も本来は生活保...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>今回はまたまた生活保護をテーマにする。<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/03/77.php">第77回</a>でも語ったように今回も本来は生活保護をテーマに挙げるつもりはなかった。もう本質については語りつくしてしまったと思っていたからだ。しかし、社会情勢が悪化するとともに生活保護がマスメディアで取り上げられる回は増加する一方だ。今回は生活保護についての新たな情報を元に語りたい。</p>

<p>「市民の２０人に１人が受給者という実態が、果たして生活保護の本来の方向性に合っているのか。１９５０年から抜本的な改革がなされていないよどみがある」</p>

<p>予算案発表の記者会見時に大阪市の平松市長はこんな発言をしている。苛立ちを隠せないようだが、無理もない。なんせ99年には6万人だった生活保護者が今年度には13万人以上に増加。生活保護費は一般会計の16.9パーセントを占めているのだ。金額も99年の2.3倍の2800億円に達している。生活保護費が自治体予算の16パーセントを超えると言うのは驚きの数字と言う他ない。ただでさえ累積赤字で財政再建団体一歩手前の大阪市にとってこれは痛い出費だろう。だが、平松市長を苛立たせるものがまだある。</p>

<p>大阪市で生活保護を受ける被保護者の内、その1割以上が他の地方から大阪市に転居してきた人々だと言われている。つまり、他の自治体が自分たちが保護すべき困窮者を大阪市に押し付けている実態があるのだ。</p>

<p>中には「大阪なら生活保護が受けやすい」と耳打ちして大阪までのＪＲの切符を要保護者に渡して、文字通り厄介払いしている自治体がある。北九州市、高松市、大阪府松原市、大阪府豊中市などがそのような違法行為に手を染めている実態がある。このような「厄介払い」をする自治体は他にもある。静岡県伊東市から熱海市、小田原とそれぞれの市役所が隣の自治体の交通費を渡してたらい回しにしていた事が以前発覚した。また東北のある自治体は仙台市への切符を渡していた。しかも切符を渡す費用は財布を無くしたり困窮した旅行者など交通費が無くて困っている人に貸し付ける制度から流用していた。目的外の事に税金を使うなど納税者に対する背任以外の何物でもない。メディアの事実確認に対しても「そんな事はしていない」と平然と嘘を付いたり、「簡易宿泊所を紹介しただけ」と言い訳するなど公務員としてだけでなく人間としての最低限のモラルさえない。大阪市は「これ以上要保護者を押し付けるなら自治体名を発表する」と言ったが、そんなものとっくにするべきだ。</p>

<p>だが、交通費を渡してホームレスを他の自治体へ押し付けてもいずれ発覚するのは時間の問題だ。発覚すれば世論の袋叩きに遭う事は小賢しい公務員なら予見できるはずだろう。それでいてなぜこんな愚行をするのか？</p>

<p>冷静にそんな当たり前の判断さえできないぐらい追いつめられた地方自治体の事情がある。生活保護費の支給は国4分の3、地方4分の１を負担することが法律で定められている。今の苦しい地方自治体の財政事情ではその4分の1の負担も決して軽くはない。前述した大阪市も支出の16パーセントを生活保護が占めるのだ。どこの自治体もかつての放漫財政が災いして破綻の危機に直面していないところが少ない方だ。一昔の水際作戦（生活保護申請をなんだかんだと難癖付けて追い返すこと）などは生活保護受給者に対する反感や偏見が原因になっているところがあったが、今はもう財政面での悪化でそこまで追い詰められているのだ。ちなみに数年前にこの割合を国と地方で折半する提案がなされたが、地方自治体の猛反対でとん挫した経緯がある。 </p>

<p>要保護者の押し付けやたらい回しを防ぐ方法は簡単だ。生活保護費を全額国庫負担にすればいい。それなら地方の醜い要保護者の押しつけ合いはやる理由がなくなる。しかし、これはまず国が首を縦に振らないだろう。「地方負担を課さないと地方は無節操に生活保護を認める」と国側は主張するかもしれない。どちらにしろ、納税者の金には間違いないのだが。</p>

<p>生活保護の不正受給摘発が増加するなど被保護者のモラルにも問題は多いにある。しかし、被保護者の増加でその実態を把握するためのケースワーカーは全く足りない。そして最大の生活保護破綻のトリガーは年金の破綻だろう。年金支給額の減少、年金支給年齢の引き上げ、そして年金破綻。年金が破綻すれば生活保護の原資である地方および国家財政も破綻するだろう。もう困窮者を救う最後の砦は無くなってしまうのだ。俺はこの恐ろしいシナリオを回避する方法を思い付けない。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/03/77.php">[77]生活保護（2）派遣村について</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/10/09.php">[09]生活保護</a></p>]]>
        
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    <title>[123]プリズンブレイク（3）</title>
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    <published>2010-02-17T19:31:28Z</published>
    <updated>2010-02-17T19:34:15Z</updated>

    <summary>このプリズンブレイクも3週目に入った。前回俺は事例を出して、プリズンブレイクに対...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>このプリズンブレイクも3週目に入った。<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1222.php">前回</a>俺は事例を出して、プリズンブレイクに対する福祉関係者の対応の甘さを指摘した。何度も言うがプリズンブレイクを許すのははっきり言って施設側の怠慢以外の何物でもない。利用者が転倒して骨折するなどは状況によりけりだが、一概に施設が悪いとは言えない側面がある。しかし、無断外出についてはもう施設の責任と言う他ない。「施設側も無断外出されないように努力している」と弁護する人もいるだろう。だが、前号でも語ったようにあんなもの努力とは言えない。それにバンクーバーオリンピックではないがこの世界も結果が全てだ。利用者にプリズンブレイクを許し不要なリスクを負わせた事実を厳粛に受け止めなければならない。 </p>

<p>そして無断外出を防ぐ方法だが至極単純だ。物理的に言えば刑務所並みに周囲を塀で囲み、玄関を施錠すればいい。刑務所並みというのが抵抗あるならせめて玄関の施錠をきちんと行えばいい。だがこんな簡単な事さえできないのが福祉だ。俺は無断外出を許した施設には何らかの罰則を科すべきだと思っている。そうでもしないと施設はプリズンブレイクを無くす努力をしないだろう。</p>

<p>プリズンブレイクを防ぎたければ出られる玄関を施錠すればいいだけの事だ。だがそれがなかなか徹底できない。<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1222.php">前号</a>で例に出した馬鹿施設のように完全に出入り自由にしている施設はさすがに少ない。内側から出る時はナンバーロックで施錠され、外側からは自動ドアで開くようになっているところが多いだろう。しかし、これだと外部から業者や面会者が来た時に入れ違いで利用者が出てしまうのは防げない。だったら外側も施錠して、外部から来客が来た場合はインターホンで対応すればいい。だがそれがなかなか実践できない。物理的には費用はかかるが、それほど困難な事に思えないだろう。これは福祉関係者のエゴの問題が大きい。</p>

<p>この業界に関係のない読者諸兄には理解しがたいが、福祉は当事者たちのエゴがあらゆる場面で災いしている事が多い。福祉関係者はどうしてもその職業の性質上、理想主義的な人が多い。彼らにとって刑務所のように施設が施錠されて、厳重に管理されている現状は受け入れられない事が多い。ましてや外部の人間に「お宅の施設は刑務所みたいだね」と言われると到底我慢できない。だから厳重な施錠管理に抵抗するわけだが、それならそれで玄関に警備員を置くなりしてきちんと無断外出がないようにすればいいだけだ。しかし、多くの介護施設は経済的に厳しいため「門番」を置く余裕がない。きちんと玄関の出入りを管理できないなら施錠をするしかないのだが、それにも抵抗する。 </p>

<p>じゃあどっちなら満足するんだ？と非難されそうだがそういう歪んだメンタリティが福祉職員なのだ。施設の目的は利用者を人間らしく満足した人生を送ってもらうこと。笑顔で過ごして欲しいなどなど理想を語る福祉関係者は実に多い。施設の現状はあまりにも非人間的で職員の中には「自分が要介護状態になってもこんなとこには入りたくない」と言う人が多い。しかし、理想を語るなら最低限の義務は果たしてからのはずだ。利用者の安全を守る。利用者を行方不明にしない。これは刑務所のようなダメ施設でもできる事ではないのか？確かに現在の施設の中での生活はとてもじゃないが人間的とは言えるものではない。だが、空虚な理想を守るために利用者を行方不明にしてしまうのはもっと非人間的ではないか。 </p>

<p>プリズンブレイクをされるのは施設側の責任だが、その根源をたどれば、そこの職員の歪んだプライドや理想主義の問題とも言える。何度強調しても強調し足りないが、福祉関係者の多くは理想に固着するばかり現実を直視できない人々が多い。この事はまた稿を改めたいが、利用者に一番の脅威は福祉関係者の歪んだエゴや現実逃避性かもしれない。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1211.php">[121]プリズンブレイク(1)</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1222.php">[122]プリズンブレイク（2）</a><br />
</p>]]>
        
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    <title>[122]プリズンブレイク（2）</title>
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    <published>2010-02-10T21:58:41Z</published>
    <updated>2010-02-10T22:00:47Z</updated>

    <summary>前回は利用者が施設から無断外出して行方不明になり、家族が施設を訴えた事件を紹介し...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1211.php">前回</a>は利用者が施設から無断外出して行方不明になり、家族が施設を訴えた事件を紹介した。福祉施設では利用者が無断外出する事件が少なくない。しかし、現場の職員はある程度は仕方ないと容認してしまっている現実がある。本当にプリズンブレイクは仕方ないのだろうか？それを議論する前に俺が体験した事例を話そう。</p>

<p>俺がかつて勤めていた施設であった事例だ。その施設も他の福祉施設同様玄関にはナンバーロックがあり、暗証番号を正しく押さないと内側から出られない構造になっていた。ある日のこと、管理職の誰かが会議でこんな提案をした。「ナンバーロックをしているのは解放感がない。玄関の施錠を止めて開放的な施設を地域にアピールしてみてはどうか？」</p>

<p>よく考えれば無謀もいいところの提案だが、愚かにも早速実行されることになった。だが1ヶ月後結果は見るも無残だった。たった1ヶ月の間になんと10回も無断外出を許してしまったのだ。</p>

<p>何度もプリズンブレイクを許すこの施設に周囲も次第に非難を浴びせ始める。警察からは「またお宅の施設ですか？一体なんでそんなに無断外出が多いんですか」と呆れられ、</p>

<p>家族からは「ウチの母親が出て行くのは判っているのに何をしているんですか！」「何度も何度もなんで行方不明になるんですか？」「もし事故にでもあったらどう責任とるんですか！？」となどと怒鳴られた。</p>

<p>だが、理想に執着する管理職たちは自分たちの過ちを認めたくないのか、嫌な事は考えたくないのかそれでも頑なに玄関解放を続けた。しかし、とうとう11回目の無断外出を許すとさすがに本社も黙っていなかった。本社から「これ以上無断外出を許すなら降格にする」と大目玉を食らい玄関解放はやっと中止になった。</p>

<p>どうして1ヶ月で10回ものプリズンブレイクを許したのか？実を言うと一ヶ月前の玄関解放を決めた会議の際にも「無断外出する利用者はどう対処するのか？」という疑問が出た。その時は玄関の近くには事務所があるんだから事務所の人が見つけて対処すればいい」と具体的な対策を曖昧にしていたのだ。</p>

<p>その頼みの綱の事務所は電話応対や来客中の時は当然のことながら玄関から出て行く人を一人一人チェックする余裕はない。玄関に見張り役の職員を常時置くなど具体的対策を定めないのが原因で10回ものプリズンブレイクを許してしまったのだ。そもそもこの提案をした管理職は「開放的な施設」をアピールして出世したいと自分の野心に夢中だったのだろう。細かい対処法を考えようとしていなかった。</p>

<p>この事例についてどう思うだろうか？「仕方がない」と施設側を擁護する気になれるだろうか？これは決して少数派の馬鹿施設の出来事ではない。無断外出を何度も起こす施設は得てしてこんなものだ。「利用者の命や人生を預かっている」などと口では偉そうに言っても、行動はいい加減で無責任なものだ。ここではっきり言うがプリズンブレイクを許すのは施設側の怠慢以外の何物でもない。 こんな事を言うと福祉関係者は嫌な顔をするが本当の事だ。「怠慢」という言葉が厳しすぎるなら、理想と現実の区別が付かない愚かさが招いた悲劇と言えるだろう。</p>

<p>そもそも無断外出されることがどういうことなのか多くの福祉関係者は判っていない。ごくごく当たり前の事だが、利用者の無断外出とは事故や大怪我、最悪の場合死亡につながりかねない危機だ。だがそれ以外にも問題はある。外出時は金銭など持っていない事が殆どのため、空腹を感じたら何をするか？店に入って食品を手に入れようとトラブルになり、店員に暴行を働いたらもう目も当てられない。福祉関係者からすれば「障害者だから仕方ないじゃないか」と考えるかもしれないが、店側にすれば単なる万引きを働く犯罪者だ。こういうトラブルこそ障害者が社会から排斥される原因になるのだ。多くの無断外出事件は特にトラブルもなく、利用者が見つかることが多い。しかし、少ない確率でも無断外出は事件や事故に発展する可能性を秘めている。こういうリスクを最低限度に抑えるのが自分たちの仕事のはずだ。しかし、何度もプリズンブレイクを許す福祉関係者は無断外出の危険性を非常に甘く考えている。こんないい加減な連中が大口を叩けるのが福祉なのだから恐ろしい。</p>

<p>来週もプリズンブレイクの続きを語ろう。次回はどうすればこんな事態を防げるのか語りたい。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1211.php">[121]プリズンブレイク(1)</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/11/11.php">[11]現実からの逃走</a></p>]]>
        
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    <title>[121]プリズンブレイク(1)</title>
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    <published>2010-02-03T20:05:55Z</published>
    <updated>2010-02-10T22:07:58Z</updated>

    <summary>先日面白い記事を毎日新聞で見つけた。福島県にある特別養護老人ホームで女性利用者が...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>先日面白い記事を毎日新聞で見つけた。福島県にある特別養護老人ホームで女性利用者が無断外出して、そのまま行方不明になったのだ。毎日新聞の記事を引用したい。</p>

<blockquote>「女性入所者が失踪（しっそう）したのは施設側の管理と注意の不足などとして、家族らが伊達市月舘町御代田の特別養護老人ホーム「星風苑」を運営する社会福祉法人「慈仁会」（星野俊一代表理事）を相手取り、２９００万円の損害賠償を求め、福島地裁に提訴した。訴状によると、女性は０７年５月１９日午後１時４０分ごろ、同ホームの正面玄関を出たまま行方不明になった。認知症で徘徊（はいかい）や無断外出を繰り返していたのに、施設側が外出防止の装置を設置せず、行動も注意しなかったのが原因という。星野代表理事は「反論は差し控えたい」とのコメントを出した」（2010年1月26日）</blockquote>

<p>この記事を読んだ後、俺はすぐに迷いなくテーマを某有名テレビドラマから拝借した。不謹慎なようだがこのテーマほど今回の議論にふさわしいものはない。施設から無断で脱獄・・・もとい外出しようとする利用者は実に多い。どの施設も年に2，3回は無断外出騒動が起こる。無断外出した利用者が無事に帰ってくるなら最初から騒動にならないが、脱走したがるのは大抵は判断力や記憶力に重大な問題がある認知症老人だ。勿論そのままでは帰って来られないから脱走が判ると施設中が蜂の巣を突いたような騒ぎになる。職員総出で1，2時間捜索しても見つからない場合は恥を忍んで警察に通報するわけだ。</p>

<p>大抵は半日かせいぜい24時間ぐらいで無事発見されて一件落着となる。老人の場合は行動力もたかが知れているから短時間で見つかりやすいが、行動力が健常者と変わらない知的障害者の場合は大変だ。なまじ知能が高く外見も健常者と変わらない知的障害者の場合は1ヶ月近く帰って来ないケースもある。そして最悪の場合、上の記事にあったようにそのまま帰って来ないケースもあり得るわけだ。当然察しの通り帰って来ないと言うのは利用者が死亡した以外考えられないだろう。</p>

<p>実を言うと利用者が無断外出して二度と帰って来ないケースは今まで無い訳ではない。俺が知っているだけでも数件聞いたことがある。利用者が施設から無断外出して行方不明になった・・・となればテレビや新聞で報道されるはずだと思うだろうが、なぜかどのメディアもその類の話は取り上げたがらない。上の毎日新聞の記事もなぜか全国版ではなく地方版でしか見られない。俺はここに福祉に対する社会の本音が見えるような気がしてならない。</p>

<p>施設をはじめ福祉業界は自分たちの過ちや恥部は知られたくない。マスコミも福祉団体や世論を刺激したくないのかそれとも報道価値がないと見なしているのか。家族も本人の安否よりも世間体が大事なのかそれとも障害を持つ人間は家族の中からいない方が都合がいいと見なしているのだろうか？判っているのは行方不明になった利用者を本気で心配する人間など誰もいないことだ。障害者や高齢者に優しい社会これからは福祉の時代と美辞麗句をのたまっても、いざとなれば行方不明になった利用者は簡単に見捨てられるのだ。</p>

<p>社会がタブー視する背景がある中で、このような事件が新聞記事を飾るのはかなり珍しい。しかも家族が施設を訴える事件は初めて聞いた。俺は訴えたこの家族に敬意を表したい。愛する家族を行方不明にされたら誰でも怒りに震えるだろうが、今まで裁判に実際に訴えるまでは行かなかった。敢えて困難を背負い裁判に訴えた勇気は評価されるべきだ。</p>

<p>この裁判がどうなるかはまだ判らないが、介護施設ではこのような「プリズンブレイク」が珍しくない。しかも何度も同じ事が起きている。介護職員の中には仕方がないと思っている人は少なくない。だが本当にこれらの事故は「仕方がない」で済むのだろうか？<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/02/1222.php">次回</a>はその点を検証してみよう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/11/11.php">[11]現実からの逃走</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/mm/senior/2/74.htm">老人ホームの裏事情Part２[74]脱走</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>[120]杖</title>
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    <published>2010-01-27T23:27:46Z</published>
    <updated>2010-01-27T23:31:09Z</updated>

    <summary>普段の日常生活でも杖を使う人々を見ることはそう珍しくないだろう。多くの自治体が6...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>普段の日常生活でも杖を使う人々を見ることはそう珍しくないだろう。多くの自治体が65歳以上の高齢者に杖を一度に限り無料で配布しているためか、街中でも杖を使う高齢者を見ることは多い。しかし、与えられた杖を正しく使いこなしている人は案外少ない。俺が街中で見る高齢者でもはっきり言って杖を使いこなせているのは２割か１割くらいがいいところだ。自治体も配布の際は「歩くのが不自由で杖が必要な方」と限定しているはずだが、使いこなせるかどうかは全くチェックしていないようだ。正直言うとあんないい加減な配布は中止するべきだと俺は主張したい。あの杖の無料配布は当たり前だが税金を使っているのだ。ろくに必要かそうでないか調べずに配布するのは業者を喜ばせるだけだ。</p>

<p>ここで言っておくが、杖を正しく使用するのは意外と難しい。「杖ぐらい誰でも使えるだろう？」と思う人が多いかもしれないがそれは偏見だ。まず持っている杖が適切な長さでない人もいる。杖は人によって適切な長さが違う。杖を持って垂直に地面に立てた時に少し肘が曲がるぐらいがちょうどいい長さだ。そして状況によって使用する杖は選ばなければならない。特にリハビリや屋内で使う4点杖や3点杖は屋外では使ってはならない。なぜなら溝や穴に支点がはまりこんで思わぬ転倒や事故につながりかねないからだ。 また長さが変えられるタイプの杖もあるが、それもできれば避けた方がいい。なぜなら長さが変えられない杖よりも耐久性が劣るため壊れやすいためだ。腰椎圧迫骨折などで円背が進んだ場合を除き人間高齢になって大幅に体格が変わることなどないはずだ。</p>

<p>杖の選び方一つにしても簡単ではないが、問題は使う人だ。リハビリなどできちんと杖の使い方を教えられている人もいるが、無料配布された場合はきちんと使いこなせていない人が多い。そもそもその中には杖を使う必要性のない人もいる。よく観察してみると、杖をもっていても全く体重をかけていない人もいる。特に先端についているゴムキャップを２年間ぐらい全く交換していない場合は杖は不要だ。杖をきちんと使えば先端のゴムキャップは自然に摩耗するからだ。</p>

<p>「転ばぬ先の杖」とはよく言うが、はっきり言って杖に転倒予防効果はない。杖を持っていようが持っていなかろうが転倒の確率に関係ないし、怪我の予防効果もない。それどころか駅や電車、街中では他の通行人の足や荷物に当たったり逆に危険を呼び込むことが少なくない。</p>

<p>口論になった時に杖を振り上げる人がいるが、そんな真似が出来るなら杖は不要だ。単なる凶器になるので取り上げるべきだ。杖を振り上げたり、叩こうとする動作を想像するといい。両足に体重をかけられなければそんな真似はできないはずだ。税金で暴力を働く凶器を与えるなど言語道断だが、それがまかり通るのが福祉の世界なのだ。高齢者が起こす暴力事件は少なくない。特に認知症の人、もしくはすでに暴力行為の経歴のある人に杖を与えるのはくれぐれも慎重になるべきだろう。</p>

<p>杖の使い方は難しいと述べた。それはもっと正確に言うと杖の使える範囲が思った以上に限定されているとも言いかえられるのだ。円背が進み前傾姿勢が強い場合、どちらかと言えばシルバーカーの方が使いやすくお勧めしやすい。荷物にしかならない杖と違い、シルバーカーは疲れた時に座って休むことができるタイプのものもある。勿論溝などに要注意だがそれは杖も同じこと。杖よりもシルバーカーの方が用途が広く汎用性が高いのだ。</p>

<p>今回杖の有効性について疑問を呈した。言っておくが杖自体に問題はないし、全く役に立たないと言うわけではない。ただ単に有効な状況が限られていると言うだけなのだ。 </p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2008/07/47.php">[47]障害者スポーツ？？（上）</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/mm/senior/3/18.htm">老人ホームの裏事情Part３[18]特別養護老人ホームの実態（７）</a></p>]]>
        
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    <title>[119]優生学（２）</title>
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    <published>2010-01-20T17:35:36Z</published>
    <updated>2010-01-20T17:40:44Z</updated>

    <summary>前回の最後で俺は果たして着床前診断で本当に障害者の誕生を100パーセント阻止でき...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/01/118.php">前回</a>の最後で俺は果たして着床前診断で本当に障害者の誕生を100パーセント阻止できるのだろうかと疑問を呈した。今回はまずはその疑問から答えたい。結論から言えば着床前診断だろうが出生前診断だろうが障害者の誕生を100パーセント阻止することなどできない。そもそも染色体異常などで先天的障害を持つ胎児は殆どが幸か不幸か死産か流産してしまう。着床前診断が障害者の産み分けに繋がるという意見はあるのだが、だが着床前診断をしなくても誕生はできなかった可能性が高いのだ。</p>

<p>もし着床前診断で正常な受精卵だと診断されたとしても、果たしてそれで正常な乳児が生まれるかと言うとそれも違う。実を言うと殆どの病気や障害は遺伝子レベルではなく後天的影響が大きく作用しているからだ。脳性麻痺や知的発達遅滞、自閉症などは着床前診断をしても防ぐことはできない。なぜならこれらはあまり知られていないが、出産時の事故つまり陣痛促進剤による強引な出産によって起こされた障害であることが多いからだ。陣痛促進剤とは文字通り人為的に陣痛を起こす薬なのだが、投与されると恐ろしいことに胎児に十分な酸素供給ができずに出産する事故が多発する。それが脳性麻痺をはじめとする障害の原因になっているのだ。俺も以前に陣痛促進剤の弊害について述べたことがあるが、産婦人科医は勿論のこと小児科医もそのことについて語ろうとしない。</p>

<p>そもそも遺伝子についてはまだまだ判っていない部分が多く、未だにDNAの9割は何の情報や役割を持っているのか不明なのだ。遺伝子研究をすれば癌家系や糖尿病になりやすいなどが判ると言われており、性格的傾向まで判ると言われているが、突然変異により遺伝病や障害が発症することもあり、どんなに検査を受けても予期できないケースもある。</p>

<p>そしてこれが優生学最大の問題だが、障害者や先天性疾病患者を排除する「劣悪な遺伝要素」という根拠が後世の科学から見て全くの誤りであることが多いのだ。前述したようにかつてハンセン病患者を一般社会から隔離していた時代があった。これはハンセン病が遺伝すると信じ込まれていたためだった。しかし、後にハンセン病は遺伝とは全く関係がない事が明らかになる。なんてことはない。誤った見解でハンセン病患者は政府と科学者の偏見のために犠牲になったのだ。今も昔も医療や科学は何度も過ちを犯してきた。科学者や医師は誤りを犯さないわけではない。それどころか科学は時に偏見のコレクションでもある。だが、自分たちが一般の人々よりも高い知性を持つと信じる人々はその独善性や傲慢さ故にこのような悲劇を繰り返したのだ。</p>

<p>その当時は常識と思えても後の世からは単なる誤りと断罪されることは科学や医療の世界では珍しいことではない。障害者同士で結婚して子供をもうけても、障害が遺伝するわけではないし、人種間の結婚も遺伝的な問題を起こすわけではない。優生学の非人間性が暴かれた後、優生学者たちは非難を避けるために人類学や遺伝子学に続々鞍替えした。しかし、今でもその優生学の名残は生きている。</p>

<p>とある欧米企業では採用の際に血液を採取して、その遺伝子を調べて性格的傾向や将来なりやすい病気を調べる事があると言われる。つまり遺伝子を調べて、かなり短気で癇癪を起こしやすかったり、医療費が高くなりそうな脳腫瘍の病気になりそうだと判断すれば不採用にすると言うわけだ。人種や障害の有無による差別が性格やなりそうな病気に替わっただけだ。かつての非人道的な優生学の誤りが繰り返されていると感じるのは俺だけだろうか？足利事件でも明らかになったようにDNA鑑定に絶対性はない。科学者たちは今はもっと正確に鑑定できるようになったと反論するだろうが、果たしてDNAで性格や将来かかる病気を100パーセント予知できるだろうか？</p>

<p>21世紀になった現在でもどうして優生学が無くならないか？基本的人権や差別の禁止を建前とする近代社会では優生学の流行る余地はないはずだが、未だに無くならない。俺はこのことに人間社会が抱える業を見るようでならない。人間はどの社会でも精神的に脆弱で不安を抱えながら生きている。優生学も「劣等な遺伝子を排除して自分たちの遺伝子をクリーンにしたい」という傲慢さの表れだが、ある意味未知なるものへの恐怖や不安がベースになっている。もし仮に優生学で障害者や有色人種などのマイノリティーを排除しても彼らはそれで満足するだろうか？自分たちの弱さや不安と向き合わない限り次の排除対象を探すだけになるような気がする。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/01/118.php">[118]優生学（１）</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/potechi/b/archives/2003/10/757.php">常識ぽてち[757]遺伝子検査</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/potechi/2000/20000204a.htm">常識ぽてち[2000.02.04]母体保護法</a><br />
</p>]]>
        
    </content>
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    <title>[118]優生学（１）</title>
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    <published>2010-01-13T23:17:43Z</published>
    <updated>2010-01-13T23:20:04Z</updated>

    <summary>前号で阿久根市長竹原信一氏の問題発言を紹介した。その際、俺は発言の内容そのものが...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/01/117.php">前号</a>で阿久根市長竹原信一氏の問題発言を紹介した。その際、俺は発言の内容そのものが全くの誤りであると述べた。しかし、彼の発言を非難する人々は内容の正誤よりも、その障害者に対する見解に反発したようだ。とりわけ障害者を出生前に排除するべき、優性思想を思わせる意図には強い非難が殺到した。市長はブログで「障害者差別の意図はない」と否定したがあとの祭りだった。障害者を出生前から排除しようとする優性思想は今の日本社会ではタブーとされており、誰もそのことについて積極的に議論しようとしない。しかし、福祉を語る上でこの事は避けて通ることはできない。ましてや俺のメルマガにタブーは許されない。今回は優生学について語ろう。</p>

<p>少し優性思想、いわゆる優生学について説明しよう。優生学とは人類の遺伝子素養を改善することを目的に悪質な遺伝要素を排除して優良な遺伝子を持った人類を作ろうとする学問の事だ。</p>

<p>ここでいう「劣悪な遺伝要素」と言うのが何に当たるのかが問題で昔も今も物議をかもしているのだ。ここで障害者、有色人種などが「劣悪な遺伝要素」と見なさていた時代があったのだ。日本でもハンセン病患者が強制隔離されていた時代があったが、その目的はこれ以上ハンセン病患者を増やさないために子孫を作らせない事だったのだ。福祉国家と知られるスウェーデンでもかつては障害者に不妊手術を施すなどしていた時代があったのだ。そしてこの思想が極端に発展してしまったのがナチスが行ったホロコースト政策だった。それまでの優生学政策が不妊手術などで生殖手段を断つことによる消極的な方法だったのに対し、ナチスの取った政策は積極的に「劣等」と見なしたマイノリティーを排除し始めたのだ。しかもそこには「劣等」と見なされたユダヤ人だけではなく、ジプシーや障害者も虐殺されたのだ。ナチスの蛮行を非難する書籍や映画には事欠かないが、なんてことはない。他の国もその根本は五十歩百歩なのが現実だ。</p>

<p>日本でも２００４年に神戸のある産婦人科医が学会の方針に認められない着床前診断を行い物議を醸したことがある。好ましくない出産、つまり「先天的障害者の出産を阻止する」産み分けを行うのかと非難されたこの病院の言い分はこうだ。「妊娠中に行う羊水検査や超音波診断で胎児が障害者であることが発覚した場合、高い確率で中絶につながってしまう。それなら受精して子宮に着床する前に診断すれば、望まれない妊娠を避ける事ができるではないか」つまり受精卵を調べて将来障害を持つことが判ればその受精卵を排除する。これなら胎児を中絶するわけじゃないから非難もされないというわけだ。しかし、どちらにしろ障害者の誕生を阻止していることに違いはない。</p>

<p>こんな代物は障害者にとってはたまったものではないが、それでも出生前診断や着床前診断を望む親は少なくない。良くないのは承知で言うが、俺はその気持ちは十二分に理解ができる。先天的障害を持った子供を育てるのは並大抵の苦労ではない。社会からの差別や偏見、特に障害児を生んだ親は「親に遺伝的に何か欠陥があるのでは？」などと中傷されることも未だに少なくない。どれだけ社会システムが変わっても障害者が生きていくのに苦労するのには変わらない。それならいっそ生まない方がいいのでは・・・と考えてしまうのは人情だろう。だが、出生前診断と着床前診断では本当に１００パーセント障害者の誕生を阻止できるのだろうか？この続きはまた次週に語ろう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/10/105.php">[105]障害者自立支援法</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[117]竹原市長発言</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2010/01/117.php" />
    <id>tag:www.tamagoya.ne.jp,2010:/cms/senior5//265.8356</id>

    <published>2010-01-06T14:31:57Z</published>
    <updated>2010-01-06T14:33:52Z</updated>

    <summary>11月8日に書かれた阿久根市長竹原信一のブログをご存じだろうか。 この市長はそれ...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>11月8日に書かれた阿久根市長竹原信一のブログをご存じだろうか。</p>

<p>この市長はそれまでも散々なトラブルを起こして来たが、11月8日に自身のブログで医師不足の問題に触れこんな発言をしている。</p>

<p>「例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害をもってのを生き残されている。結果、擁護施設に行く子供が増えてしまった」（竹原信一市長ブログよりそのまま引用）</p>

<p>この記述をめぐっては議会や障害者団体のみならず教育界や宗教界からも反発を受けた。市長は「ブログの発言の一部を取り上げて誤解している」と差別的意図を否定。謝罪を拒否した。しかし１２月２１日にこの市長は講演会でまたもや過激なスピーチをしていた。それを以下に紹介するが、これを聞くと確信犯的と言われても仕方あるまい。</p>

<p>「社会をつくるには命の部分に踏み込まないと駄目だ。表現としては厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死した足は切り取る。それで全体を生き残らせる。情緒で社会をつくることはできない」</p>

<p>諸君はどう思っただろうか？俺の意見を言わせてもらえば、はっきり言ってこの市長はあまり洗練されていない無知な人だと思ってしまった。発言の内容が障害者の存在を否定するために非難されているが、それ以前に文章の内容が日本語としても酷い。未だに産婆などと差別用語を使っていることもそうだが、この文章の内容で機能障害を使うのは誤りだ。正しくは障害、詳しく言うなら先天性障害と書くべきなのだ。擁護施設も正しくは養護施設だろう。福祉分野や医療分野に対してあまりにも無知なのも酷いが基礎的な教養が無さすぎる。中傷するつもりはないが、阿久根市民はよくこんな無教養は人物を当選させたものだ。まあ、前首相も漢字が読めないのだから仕方がないかもしれない。</p>

<p>世間ではこの文章について感情論で非難を浴びたようだが、俺にとっては驚きではない。この程度の障害者差別発言などは竹原市長が政治家だから問題になるのであって、程度の差こそあれ障害者を軽蔑したり嫌っている人などいくらでもいる。俺のメルマガでもその事は何度も指摘したはずだ。冠婚葬祭に体裁が悪いからと障害者の家族を排除しているケースだって俺は何度も見聞した。視覚障害者が火事を起こすかもしれないからと言う理由で無条件でアパートの契約を拒否される事もある。障害者差別ではないが、インターネットの掲示板や動画サイトには韓国人や中国人を誹謗中傷する発言で溢れ返っている。酷い差別だろうがその醜い社会が我々の直面する現実だ。竹原市長との違いは話題になるかならないかだけだ。</p>

<p>その竹原市長発言に対してのマスコミや議員、教育関係者の反論はあまりにもお粗末だ。「障害者を差別している」という感情論しか聞かれない。だが、そんな感情論だけでは誰もが納得させられるわけじゃない。現に今もこの市長はリコールされていないではないか？どうしてもっと冷静に理路整然と議論ができないだろうか？そこで代わりに俺が理論的な反論を試みたいと思う。</p>

<p>竹原市長は「高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害をもってのを生き残されている」と今の先進医療のお陰で障害者がなまじ生き残っていると書いているが、これはそもそもの前提から誤りだ。確かに今は医療の発達で植物状態でもそう簡単には死亡しない。長寿大国日本の躍進に医療が良くも悪くも医療が重大な役割を担っているのは否定できない。しかし、それはあくまでも末期医療の話だ。産科医療に関しては全く逆の話になる。</p>

<p>医療の歴史を紐解けば元々出産の現場に医師は関与していなかった。ところが１９世紀から２０世紀にかけて医師が産科医療に関わるようになる。一般で信じられている事とは裏腹に医療が出産に関わるようになってから先天性障害が増えたのだ。ここで詳しくは述べないが、脳性麻痺、奇形児、ダウン症、知的障害などの先天性障害は医療行為が原因である医原病なのだ。特に陣痛促進剤による無理な陣痛は知的障害や脳性麻痺などの原因になり、あまりにも危険すぎる。しかし、こんな危険な薬物を使っているのが病院なのだ。高度医療が障害者をなまじ生かしているなんてそれは全く逆だ。先天性障害者の悲劇は経験から学ばない医師や行政、司法、立法が引き起こしたものなのだ。医療が出産にしゃしゃり出てこなければ彼らは無事に生まれて来たのだ。竹原市長の発言はその点から事実誤認が著しすぎる。無知が故の暴論であるだけなのだ。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/04/81.php">[81]ダウン症</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[116]認知症シリーズ（９）隠れた認知症</title>
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    <published>2009-12-24T17:02:35Z</published>
    <updated>2009-12-24T17:14:24Z</updated>

    <summary>前回は認知症でない物忘れが認知症だと誤解されやすい事を書いた。今回はその逆、認知...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/12/115.php">前回</a>は認知症でない物忘れが認知症だと誤解されやすい事を書いた。今回はその逆、認知症なのに認知症だと思われていない「隠れた認知症」について語ろう。</p>

<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/02/74.php">第74号「知的障害者（上）」</a>を覚えているだろうか？俺はそのメルマガで知的障害者について明確にその定義を定めた法律がないことを主張した。知的障害者の定義がないために、福祉の保護を受けるべき知的障害者がセーフティネットから放置されている実態を明らかにした。</p>

<p>だが、認知症の場合も似たようなケースが良く見られるのだ。知的障害者と違い、認知症には法律の保護もあり定義もきちんと定められているにも関わらず認知症老人が認知症だと診断されていないためにきちんとした介護や医療を受けていない実態があるのだ。</p>

<p>例えばよくニュースやワイドショーで話題になるゴミ屋敷。近所迷惑もいいところだが、実を言うとゴミ屋敷の住人の多くは認知症だ。計画遂行能力の低下、判断力の低下、収集癖、客観性の低下、記憶障害、いくらでも認知症の兆候は見つけられる。助けてくれる家族でもいれば認知症診断を受けてヘルパーサービスなど適切な介護を受けて安定した生活ができるかもしれない。しかし、彼らには親しい友人や家族、心配してくれる隣人がいないために荒れ果てたゴミ屋敷に埋もれてしまっているのだ。</p>

<p>こんな話をすると老人の孤独死同様、「核家族化が進み、単身者世帯が増えた」「共同体意識がなくなりつつある」と社会学の問題にする学識者が多いが、そんな大げさな問題ではない。元々ゴミ屋敷の住人は認知症になる前から他人とうまく折り合いができない人々が多い。家族がいたとしてもトラブルや諍いを起こし、絶縁状態になっているケースも少なくない。認知症や障害を持っていると人間関係のトラブルも障害の一つと考える福祉関係者は多い。</p>

<p>確かに認知症になると、精神後退が進み我慢ができないなど人間関係に悪影響が出ることはある。だが、本人の人間性の問題を認知症のせいにすることはできない。人間関係の悪化は例え認知症でも多少は本人に責任がある。こんな事を言うと「利用者を軽蔑している」と勘違いする人が多いため言いたくないが、どこにでも嫌われる人がいるように彼らが社会から孤立するのは傲慢さや自己中心性など単に「性格が悪い」と一言で済む問題に過ぎない。</p>

<p>嫌われ者でも障害がなければ日常生活に支障はないだろうが、年老いて認知症になると誰も助けてくれないために本人ばかりか周りまで巻き込む厄介極まりないトラブルメーカーになってしまう。そして民生委員や警察官でもない限りそんな社会不適合者にわざわざ近づきたがる物好きはいない。例え本人と接触できても認知症診断を医師から受けて、介護サービスを受けさせるにはさらに高いハードルを飛び越えないといけない。</p>

<p>まずは本人の壁だ。本人の自我が強く、軽い認知症の場合、認知症診断を受けさせるのは至難の業だ。重度で自分の意志表示がはっきり言えないぐらいの認知症ならまだしも、比較的軽度の認知症の場合は本人に自分が認知症であるという病識がないことがほとんどだ。そんな人々に「認知症診断を受けましょう」と勧めても怒らせてしまうだけだ。</p>

<p>本人の病識の無さも問題だがこれに家族が関わるともっと問題が複雑になってしまうケースもある。福祉関係者から利用者が認知症であると指摘を受けてもその息子や娘、あるいは配偶者が頑として自分の肉親が認知症であることを直視しない事があるのだ。交通事故を起こしたり、火事を起こしたりするとやっと現実を認め始めるが、そうでない限りなかなかどの家族も自分の親が認知症になっていることを積極的に認めようとしない。ケアマネージャーや医師、ヘルパーなどその筋のプロからいくら助言を得ても一向に耳を傾けない家族も珍しくない。だが、家族はそうやって現実逃避をしていればいいが、認知症だと診断されなくて一番不利益をこうむるのは認知症にかかっている本人なのだ。</p>

<p>どうして世間に人々が認知症を直視しないのかと問われれば、認知症について正しい知識が知られていない事が大きいと答える。実を言うと認知症の見分け方に関しては専門家でさえ判断が難しい。認知症の定義でさえよくわかっていない福祉関係者は珍しくない。例え認知症について正しく知っていても、いざ実際に認知症の疑いがある高齢者を目の前にして認知症かどうか判断するのはまた違った難しさがあるからだ。この問題に関しては認知症に対する恐れや偏見が先行している事が大きいだろう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/12/115.php">[115]認知症シリーズ（８）エセ認知症</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/02/74.php">[74]知的障害者（上） </a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[115]認知症シリーズ（８）エセ認知症</title>
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    <published>2009-12-16T17:01:47Z</published>
    <updated>2009-12-16T17:03:43Z</updated>

    <summary>今回は再び認知症について語りたいと思う。偏見や差別はこの業界では珍しい事ではない...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>今回は再び認知症について語りたいと思う。偏見や差別はこの業界では珍しい事ではないが、その中で認知症に対する誤解や偏見は少なくない。認知症がどのようなものかは以前に定義を述べた事がある。それは「器質的疾患による脳機能の低下」だった。だが、嘆かわしいことに、福祉関係者や専門家でさえ認知症とそれに似ている症状を混同しているケースは少なくない。</p>

<p>例えばよく中高年者が自身の衰えを気にしてこんな言葉を言うのを聞いたことがあるだろう。「私も最近年のせいかな？忘れっぽくて・・・病院の予約が何時だっ たのか思い出せないことがあるのよねぇ。ボケたのもかもしれないわ」</p>

<p>中高年者からこのような愚痴が聞かれることは多いが、実を言うとこれはいかにまだ世間に認知症と言うものが正しく理解されていないかわかる好例とも言える。上のケースははっきり言ってしまうと単なる「物忘れ」（良性健忘）だ。ここで俺は言っておきたいが、社会の人々は良くも知らないでちょっとした物忘れをすぐに認知症に結び付けたがる。だが、認知症と単なる良性健忘は全く似て非なるものだ。それは近眼を遠視と間違えるようなものだ。どちらも矯正が必要かもしれないが、症状は全く正反対だ。世間で認知症という言葉を知らない人は珍しいが、きちんと定義や症状を語れる人はまずいない。今回は良性健忘と本当の認知症はどこが違うのかそれを教えよう。</p>

<p>そもそも「忘れっぽくて・・・」と自分が物忘れしやすい自覚症状があるならまずは大丈夫だ。認知症の場合は自分が忘れやすい事すら認識が難しい。そして良性健忘の場合はヒントを与えられると思い出せる事が多い。例えば貴方が86年のワールドカップ優勝チームを忘れてしまったとする。そこでヒントを与えてみよう。その年のワールドカップで大活躍したのはマラドーナ。神の手ゴールや5人抜きなどで大活躍だった。そしてそのマラドーナがいたチームは・・・・アルゼンチン。そう86年のワールドカップ優勝はアルゼンチンと思い出せるだろう。</p>

<p>しかし、認知症の場合はヒントを与えても思い出せない事が多い。また上の例では病院の予約の時間を忘れているが、認知症の場合は病院の予約をしたこと自体を忘れてしまうだろう。いずれにしても認知症の場合と単なる良性健忘の最大の違いは日常生活に支障が出ているかどうかだ。最近料理や洗濯を失敗するようになった。服を収納した場所が分からない、または服を出し散らかすことが増えた。ごみが散乱しており、掃除ができていない。車を運転していて、逆走など危険な目に遭うことが増えた・・・・以前にはできていたことができなくなっている時に認知症だと疑うべきなのだ。</p>

<p>先ほども語ったが認知症という言葉は比較的世間では知られている方だが、実を言うとこれほど歪曲されて誤解されているものはない。そもそも認知症と言われる前は痴呆と言われていたのだ。そして痴呆の前はボケと呼んでいたのだ。どうして呼び方が変わったのか？痴呆やボケでは与える印象が偏見を招くと言う理由でだ。俺もこのメルマガでは便宜上、認知症と書いているが、実に下らない。結局認知症と呼ぶようになっても相変わらず認知症への正しい理解は痴呆やボケと呼んでいた時代と比べても殆ど進歩していないではないか。認知症に対する偏見は「認知症になりたくない」という恐怖や不安がそうさせているところがある。しかし、前にも語ったが高齢者だからと言って誰もが認知症になるわけでもない。65歳以上の高齢者で認知症の人はせいぜい1割ぐらい。そもそも認知症になれるぐらいの高齢化社会は今までの歴史上でも、これ以上ないぐらいある意味恵まれたものだと言っておく。</p>

<p>今回は認知症とは似ても似つかないものがいかに認知症と思われやすいかを書いた。次回はその逆、認知症なのに認知症と診断されていないケースを語ろう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2008/09/53.php">[53]認知症シリーズ（７）徘徊</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[114]利用者に敬語を使う理由</title>
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    <published>2009-12-09T16:41:48Z</published>
    <updated>2009-12-09T16:44:27Z</updated>

    <summary>前回ペーパーワークについていろんな話をしたのを覚えているだろうか？現代介護の特徴...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/12/113.php">前回</a>ペーパーワークについていろんな話をしたのを覚えているだろうか？現代介護の特徴としてとにかくペーパーワークの増加が挙げられるが、それは介護の質の低下と記録の質の低下をもたらしていると書いた。今回は前回では言及できなかったペーパーワークの別の一面について語りたい。</p>

<p>現代介護の記録物を読んでいると否が応でも目に入ってくるものがある。それはあまりにも過剰で大げさな独善性のために読んでいて時に吐き気を催すこともある。例えばこんな具合だ。</p>

<p>「血圧測定をさせて頂こうとするが拒否される。また体調が悪く食堂に来れないため、朝食を召し上がられない。一日通して不穏でおられる」 </p>

<p>読んでみると、すぐにあまりにも回りくどく冗長で読みづらいことが分かるだろう。ちなみにこの文章には少なくとも４ヶ所敬語と日本語の誤用が見られる。現代介護になってから、このような文章が増えた。敬語と使った文章を書きながら誤用しているのは相手に対する侮辱もいいところだが、書いている本人に悪気がないのが性質が悪い。</p>

<p>敬語を使うのも利用者に見せることを前提としたケアプランや契約書などの類のペーパーワークなら止むを得ない。しかし、業務日誌や介護記録などは見せることを前提としていないはずだ。勿論最近は利用者やその家族が介護記録の閲覧を希望する場合もある。しかし、それでも介護記録や業務日誌は敬語で書くべきではない。それはあくまでも介護記録が事実を客観的に直視して、何が起きたのか後で分析するものだからだ。 </p>

<p>敬語は客観性から程遠いものだ。</p>

<p>俺がこの世界に入った当時は記録の書き方についてこんな原則を教育された。</p>

<p>（１）現在形で書く<br />
（２）事実のみを書く。主観的な判断はしてはいけない<br />
例（我がままを言う→～と言う）<br />
（３）敬語は使わない</p>

<p>昔は記録物はあくまでも事実を客観的にまとめるために存在したが、今の記録物は全く違う。今の介護記録は敬語のインフレーション状態だ。しかも上の例文のように間違った敬語を使っているのだから馬鹿馬鹿しい。俺はどうして介護記録に敬語を使うのかヘルパーたちに聞いてみたことがある。</p>

<p>「そりゃ、お年寄りや利用者には敬意を表すのが当然ではないですか」 </p>

<p>絵に描いたような優等生発言だが、俺はここに当人たちの差別意識を感じてしまう。 そもそも高齢者だと言う理由で尊敬しなければならないとは何なのか？尊敬を強要しなければ差別意識を隠せないと言っているのと同じではないか。わざわざ客観的であるべき介護記録にまで字数を増やして敬語で書くのはそれだけ利用者の事を軽蔑しきっていることの表れだ。障害者や高齢者を差別している自分の醜い姿に贖罪符を与えるために敬語で無理に介護記録を書こうとするのだ。</p>

<p>醜い二重基準だがこの態度にはまた別の弊害がある。記録物の目的は客観的に行ってきた介護や事実を見直すことにあるが、敬語で記録を書くとそれが困難になってしまう。職員に自分の醜いエゴや差別心を自省させる自己啓発の機会を阻止して、ネガティブなことから目を反らす現実逃避を助けてしまうのだ。</p>

<p>俺は敬語で記録を書くこと自体反対だが、それでもなお敬語を使って記録を書かせたがる頑固施設が殆どだろう。だが、それならそれで間違った敬語が氾濫している現状はどう考えるのだろうか？よく言葉遣いの指導などは聞くが、正しい日本語として敬語の使い方を教育する施設や事業所は全く耳にしたことがない。間違った敬語で利用者に文章を提出するなど、それこそまさしく文字通りの慇懃無礼ではないのか？結局彼らの「高齢者には敬語を使うべき」と言う主張は所詮口だけの偽善なのだ。もしくは介護業界は無教養な人間ばかりで敬語の誤りに気付かないのだろう。</p>

<p>前に言ったことがあるが、俺は元々日本語教師を志望していたことがある。そのため、日本語の誤りには敏感なところがある。上の間違った敬語の例文だが、正しい敬語と日本語の使い方を教えておく。福祉のテーマからは離れてしまうが、最低限の社会的人間としての教養を身につけるのもいい介護士の資質だと思ってほしい。</p>

<p>「血圧測定をさせて頂こうとするが」</p>

<p>これは最近よく聞かれるパターンだ。「さ入れ言葉」と勘違いされるが少し違う。「～させて頂く」とは元々誰かから頼まれて、その要望に答える時に言うものだ。この場合、この利用者が「血圧測定してほしい」と要望すれば間違いではない。しかし、相手が何も要望していないのに「させて頂く」と言うのは押しつけがましく聞こえる。「扉を閉めさせて頂く」「司会を務めさせて頂く」と言うのも同じ類の誤りだ。</p>

<p>「食堂に来れない」</p>

<p>これはいわゆる「ら抜き言葉」だ。ら抜き言葉は可能の意味をもつ「～られる」（食べられる、見られるなど）から「ら」だけを抜いた表現だ。文法上は誤りだが、もう「ら抜き言葉」は日本社会に定着していて誤りとまでは言えないかもしれない。現に60代を中心とした前期高齢者の中にも「ら抜き言葉」を抵抗なく使う人も多い。だが、高齢者施設に勤めるなら「ら抜き言葉」ぐらいは分かっていてほしい。</p>

<p>「朝食を召し上がられない」</p>

<p>これは二重敬語。「召し上がる」だけで尊敬語なのにさらに尊敬の助動詞「～られる」を付け足している。よくテレビでも皇室関係を語る時によく耳にすることが多い。丁寧な印象を与えられるかもしれないが、尊敬語は二重に使っても美しくないばかりか単なる無礼だ。</p>

<p>「不穏でおられる」</p>

<p>これは本当にタレントや政治家ばかりかプロのはずの雑誌ライターにも多い。「～でおられる」の「おる」は「いる」の謙譲語だ。自分をへりくだって言う謙譲語に「られる」と付けても尊敬の意味はない。よく電話でも「～さんおられますか？」など言う人は実に多いが、あまりにも醜悪なので止めた方がいい。</p>

<p>正しい文章</p>

<p>「血圧測定を行おうとするが拒否される。また体調が悪く食堂に来られないため、朝食を召し上がらない。一日通して不穏でいらっしゃる」</p>

<p>音読してみたら分かるが、間違った文章よりも自然で美しいはずだ。美しく日本語を使うことが正しい日本語への近道なのだ。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2008/08/51.php">[51]ヒューマンスキル</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/12/113.php">[113]ペーパーワーク</a></p>]]>
        
    </content>
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    <title>[113]ペーパーワーク</title>
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    <published>2009-12-03T12:36:47Z</published>
    <updated>2009-12-03T12:39:00Z</updated>

    <summary>社会福祉施設や介護事業所などで働いているとどうしても書類作業というものがある。ケ...</summary>
    

    
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        <![CDATA[<p>社会福祉施設や介護事業所などで働いているとどうしても書類作業というものがある。ケアプラン、業務日誌、ケース記録、介護記録、看護記録、申し送り簿などや利用者が怪我した時に書く事故報告書などあまり書きたくないものまで書くことがある。福祉の事をあまり知らない人はヘルパーや介護職は介護ばかりしているイメージがあり、記録物を書くところはあまり想像できないかもしれない。だが、そのイメージとは裏腹に社会福祉関係者とは極めて記録物を書くことが大好きな人種だ。</p>

<p>事務職の人間ならペーパーワークが多いのは納得できる。しかし、介護が本業であるはずのヘルパーがペーパーワークをこなす姿は少し意外 かもしれない。だが予想に反し、彼らの記録物への執着ぶりはなぜか病的なものが多い。先ほども言ったが、福祉関係者は記録を至極大事だと考える人種だ。中には記録に熱中するあまり、本業の介護をないがしろにしている福祉関係者は少なくない。職種や分野によるが、中には介護をしているよりもパソコンや書類に向かっている時間の方が長い介護職も少なくない。特に老人福祉分野では介護保険制定後は書類作業がか なり増えた。おそらくデイサービスなどを除き、ヘルパーが老人利用者とじっくり話す時間は1日1時間いや30分もないだろう。ただでさえ、介護や作業などで利用者と話す時間は少ないのに、更に記録する時間がコミュ ニケーションの時間を奪う。</p>

<p>「利用者との信頼関係」などよく口にする福祉職員はいるが、皮肉なことに介護職員ほど人の話を聞かない人種はいない。健常者の話もろくに 聞こうとしないなら、障害者や認知症老人の話など初めから聞く価値なしと決めつけている。勿論、介護や記録に追われてゆっくり話を聞く時間がないと言う理由もあるが、どちらにしても利用者の話をろくに聞かないことは同じだ。この態度で信頼関係などとよくそんな事が言えるものだと感心する。</p>

<p>介護保険制定後、利用者本人やその家族の権利意識も変わり、介護記 録の閲覧を求める人も増えてきた。また都道府県の指導のせいでもあるが、施設や事業者側も利用者とトラブルになった時に備えて記録物をきちんと職員に書かせる風潮が強い。そして、一般の人々や家族も記録物がきちんと丁寧に大量に書かれてあれば、介護もきちんとしていると思い込む傾向が強い。また現場でも記録物を大量に書く職員ほど人事面で優遇されやすい現実がある。だが、ここではっきり言うが事実は全くの逆だ。</p>

<p>記録物がきちんと正確に大量に書けると言うことはその分介護に直接関わる時間は減っているということだ。ヘルパーは弁護士でもなければ、行 政書士でもない。逆に言えば、きちんと仕事をするヘルパーは記録には時間をかけられないと言うことだ。だから、皮肉なことに介護をよくするヘルパーほど低く評価される傾向がある。そしてこれは利用者の家族も同じように解釈する傾向が強い。介護記録やケース記録を利用者や家族に公開する施設は増えてきているが、そこでも記録されている内容が少なかった り薄かったりすると、「ウチの親はろくな介護を受けていないのでは？」と誤解する人が少なくない。</p>

<p>昔ながらの施設はペーパーワークは今と比べてかなり少なかった。一日に何をしたか？例えば「午後は気分が悪いと言って居室で休む」など大雑把な記録だった。しかし、今は違う。施設によれば一日単位ではなく、時間単位で何をしていたかということも書かなければならない。その日の食事量や排泄の回数なども含まれているところもある。施設によって記録の形式は違うが、共通していることが２つある。一つ目はペーパーワークの増加に伴いパフォーマンスの質が低下していること、そして記録の質が下がってしまっていることだ。</p>

<p>パフォーマンスの低下は前述したように、単純な話だ。要は記録の時間が増えれば当然のように介護にかける時間を減らさざるを得ない。介護保険以後、介護は社会化されて来た。そしていろんなメディアで介護は話題になり書籍も増えたはずだが、現場レベルでは介護レベルは明らかに凋落している。それはいろんな原因があるが、現代的な記録を重視する介護が影響しているのは間違いない。この矛盾を解決するには「職員を増やす」というオプション以外あり得ないが、それは殆どの経営者も直視しない。</p>

<p>パフォーマンスの低下はともかくとして後者の記録の質の低下は意外かもしれない。だが、これはどこの福祉の現場でも同じだ。矛盾するようだがペーパーワークを重視するあまり、現代介護は記録物の質も著しく低下している。</p>

<p>今では考えられないが、俺が学生の実習生の時は実習日誌を施設に提出する時は誤字脱字を厳しく添削された。せっかく苦労して書いた日誌が返ってきた時には真っ赤になっていたこともある。これは介護する人間はヘルパーである以前にきちんと利用者に範を垂れる社会的人間であるべきだという信念の表れだった。 そこには字ぐらい正確に書けないような無教養な人間には他人の人生に影響を与える仕事をするべきではないという福祉のプライド、矜持があった。しかし、今は全く違う。実習生の誤字脱字を指摘するどころか、職員の記録物の方が誤字脱字だらけの事も珍しくない。要求される記録物が増えた現代介護では、例え誤字脱字だらけでも指摘する時間も修正する時間もないからどうしてもきちんと字も書けない職員が量産されてしまう。そして彼らが上司になると、職員のレベルはもっと低下してしまう。</p>

<p>記録物の質の低下は他の深刻な問題を引き起こす。そもそも文字を書く目的は何だろうか？答えは情報を伝えるためだ。 現にその目的のためにどこの職場でも変更点を伝える連絡帳みたいなものがある。しかし、何でも書きたがるために連絡事項が洪水のように増えてしまい、逆に浸透させたい情報がヘルパー全員に伝達できないという皮肉極まりない事態を招いている。きちんと読んだかどうか印鑑や署名をする欄があるが、そんなもの量が多すぎて「めくら判（差別用語だがあまりにも表現が適切だ）状態」になってしまうのだ。</p>

<p>現代介護はどこでも記録を重視する。だが、それは介護の質を低下させ、皮肉なことに職員のインテリジェンスを奪ってしまう。一見充実した介護記録はいい介護をしてそうに見える。しかし、それはまさしく堕落した介護を糊塗するための手段なのだ。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/11/10.php">[10]フィジカル</a></p>]]>
        
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    <title>[112]福祉関係者のヒエラルキー</title>
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    <published>2009-11-25T14:42:30Z</published>
    <updated>2009-11-25T14:51:10Z</updated>

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        <![CDATA[<p><a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/11/111.php">前回</a>は派遣を被差別部落の穢多・非人に例えた。今回もついでに職場内の身分制度、いわゆるヒエラルキーについて話そう。福祉に携わる人々は基本的人権を尊重し、差別を良しとしないと思われている。実際それは利用者に対してはデタラメだと俺はかつて書いたことがある(<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/12/14.php">第14号「差別する介護職」</a>参照）。しかし、世の中の人々はそうではない。福祉に関する人々はひどい差別はしないものだと思っている。そして介護者を含め、福祉関係者もそう思い込んでいる節がある。しかし、俺は次のようにはっきり言いたい。</p>

<p>「人間は平等だと言うならなぜ介護業界には派遣や契約社員、非常勤職員がいるのだろうか？」</p>

<p>言っておくが、俺はこの世に差別はあってはならないと臆面もなく主張するほどナイーブではない。小学校教育の順位を付けない50メートル走のように「結果の平等」は行きすぎだ。しかし、誰しもが平等にチャン スが与えられる「機会の平等」は与えるべきだ。人間の歴史上、格差 や競争は上手く作用すれば社会の発展に役立ってきた。しかし、福祉 業界における契約社員や派遣社員などは能力や成果に基づいた「格差」とは全く違う。それらはかつてのインドのカースト制度や人種差別同様に不道徳極まりないものだ。しかし、福祉の経営者たちは自分た ちは偏見や差別とは縁がないと言いながら、平気で従業員の差別雇用はするのだから偽善者もいいところだ。</p>

<p>このような主張をするとこんな反論をしてくる人が必ずいる。</p>

<p>「プロ野球の巨人だって、無名の育成選手が活躍しているじゃないか。 福祉業界でも頑張れば、契約社員でも非常勤職員でも常勤職員になれたり、給料が上がるんじゃないのか？」</p>

<p>残念だが、プロ野球のヒエラルキーと福祉業界のそれは全く違う。プロ野球は結果が全てだが、その結果を判定する基準ははっきりしている。 </p>

<p>だが、他の業界でもそうだが、福祉においても何を持って成果を挙げたかという基準が曖昧ではっきりしないところがある。勿論、個人個人の優劣の差はあるが、それがプロ野球ほど明確ではないのだ。だからどうしても判断の基準が上司の選り好みだったりする事が多くなる。上司に好かれれば幸せだが、嫌われた場合は悲劇だ。</p>

<p>そしてプロ野球は結果が伴えばどんどん報酬が上がるが、派遣や契約 社員にはその可能性がない場合もある。もう最初から非常勤は非常勤 で、正規職員に絶対なれないケースもある。これは都道府県の社会福 祉事業団や公務員系の福祉施設に多いが、1年契約で契約する嘱託職 員や契約職員の場合はどれだけその職員が優秀でも正規職員になれないところもある。しかも、契約は一年毎に更新でいつ更新がストップするか分からない。まさに現代版被差別部落もいいところだ。</p>

<p>しかし、まだ非常勤は何をしても常勤に上がれないと最初から明確に決まっているなら、納得はできなくてもまだ精神衛生にいい。しかし、中途半端に非常勤から常勤職員に登用の可能性があるとなっている場合、事 態はもっと複雑になってしまう。まだ新人職員を雇った時にどんな職員なのか見極めるために2，3カ月は非常勤職員で採用し、問題なければ自 動的に正規職員にするというパターンならまだ救いはある。しかし、問題は何カ月、何年非常勤で勤務してある資格があれば常勤に昇格するとか明確な規定がない場合だ。その場合、下手すると何年も非常勤で奴隷状態が続くことになってしまう。非常勤から常勤へ昇格できる可能性はあるが、それは上司や経営者の気まぐれに左右される。いつ昇格になるか分からない。そしてその基準は曖昧。その心理状態はおそらく経験したものでないと判らないほど絶望的なものだ。</p>

<p>同じ仕事をしていて、常勤職員より給料は低い。<br />
どうやれば、常勤になれるのか？<br />
あと何年頑張れば、常勤になれるのか？<br />
どうしてあいつは常勤に昇格できたのに自分はなれないのか？</p>

<p>ずっとこのような疑問が頭にまとわりつく。絶望感のために精神的にも荒れてくる。特に誰かが常勤職員に昇格する場合にそれは顕著になる。昇格する人は幸せだが昇格できなかった非常勤職員は当然納得しない。職場内に人間不信が蔓延して、権力争いや足の引っ張り合いで人間関係も険悪なものになってしまう。当然ただでさえ高い離職率がますます高くなる。辞めたくても次の職がなかなか見つからない人もいるが、辞めずに頑張るとしてもストレスからか利用者への対応が乱暴になったり業務に集中できない事も増える。長期的視点で見れば、職場内の人材の質の低下をもたらすなどこの身分制度にいいところは全くない。</p>

<p>パフォーマンスの質を下げるなど職場内ヒエラルキーにはデメリットしかない。しかし、なぜ多くの福祉事業者や施設はこのようなヒエラルキーを導入するのだろうか？</p>

<p>よく言われるのが人件費を削るためだという理由だろう。しかし、俺はそれはあまり説得力がないと思う。別に全職員が正規職員でも、全体を平均して賃下げすれば人件費を削れるはずだ。それにこの身分制度を続ける限り、どうしても離職率が高くなる。離職率が高ければそれだけ広告を出したり面接などの雇用コストが上がるから、結局人件費が余計にかかるという悪循環になってしまう。ましてや職場内の内紛も仕事の効率を下げるために余計にコストがかかる。施設や事業者がこのカースト制度を作りたがるのは明らかにコスト面以外での別の理由があるからだ。</p>

<p>それは時の権力が被差別部落やカースト制度を制定した理由と同じだ。全 職員が平等の身分の場合、団結されるとダイレクトに経営陣に不平不満が向かう。これが一番経営者には恐ろしい。だからこそ、内部でいがみ合いや不和が絶えない身分制度は支配者にとっては非常に都合がいいのだ。つ まり、派遣や非常勤職員は社員の不満を反らすため、経営者の保身のために犠牲になっているのだ。大企業などには労働組合があるが、多くの場合彼らの中には派遣や非常勤職員は含まれていない。そんな組合など単なる御用組合に過ぎない。</p>

<p>以上どうして福祉施設や事業者が時代錯誤なヒエラルキーを求めるのか十分にご理解いただけたかと思う。そして日本企業は現在21世紀にもなるのにこのような被差別部落を維持するつもりらしい。中核となる幹部社員を新卒から雇い、誰にでもできる末端の仕事は派遣や契約社員で賄うとのことだ。しかし、この傾向を俺は憂慮している。すでにこのヒエラルキーによる悪影響は随所に見られるからだ。スイスのビジネススクールIMD（国際経営開発研究所）が発表したところによると日本は国際競争力で07年度で55カ国中、前年度16位から24位に転落した。89年から92年に1位だったことを考えると競争力の衰えは明らかだ。この結果に疑問の声を挙げる人もいるが、俺には不思議でもなんでもない。組織や国家が発展する時は誰もが機会を平等に与えられる時なのは歴史の必然だからだ。被差別部落を保持する日本企業がどうなるかは言うまでもないだろう。</p>

<p>エル・ドマドール</p>

<p>【関連記事】<br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2007/12/14.php">[14]差別する介護職</a><br />
<a href="http://www.tamagoya.ne.jp/cms/senior5/archives/2009/11/111.php">[111]現代の被差別部落民・派遣</a></p>]]>
        
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