[125]リハビリテーション(1)

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2006年4月から厚生労働省はリハビリの診療報酬について改定をした。それは脳血管障害は180日、心疾患と運動器は150日、呼吸器は90日以降のリハビリは診療報酬が0になるというものだった。しかもこれらは発症してからの日数で、発病してリハビリを始めてからの日数ではないのだ。政府の主張としては急性期、回復期のリハビリには効果が見られるが維持期のリハビリには効果が見られない。だからある程度の日数が経てばリハビリは不要だと言うつもりなのだろうが、当然ながら当時多くの患者、福祉団体、医療界から大反発を食らった。とりわけ患者によって障害が全く違うのに脳血管障害で180日で一律カットする基準は何なのか?という不満が強かった。

その当時、この改定に対する反対はすさまじいものがあった。どのメディアも政府に批判的だったを覚えている。しかし、今この問題は忘れ去られている。リハビリの日数が制限されるようになって介護の現場で何が起こっているのか俺が証言しよう。

*能力の低下

入所系施設にいると痛感するが、最近入ってくる利用者のADL(日常生活動作)のレベルの低下が著しい。しかし、言っておくが本人の潜在的な身体能力は悪くない人が多い。明らかに身体能力は高いのに移動動作や立位動作などが下手なのである。これは言わずもがな十分なリハビリを施されていないためだと言える。

リハビリを十分受けている人と受けていない人で最も露わな差が出るのが補助具の使用や服を着たり脱いだりする動作だ。特に車椅子のコントロールが下手な利用者が近年目立つ。我流の動作が多いのも特徴だ。普通左半身麻痺の人は右手と右足で器用に車椅子を操作する。しかし、リハビリで鍛えられていない人は手すりを持ったり後ろ向きに車椅子を進めたりする人が多い。いずれにしてもそれでは屋外に出ていく事はできない。当たり前の事だが屋外では手すりはないし、後ろ向きで進むことなど許されない。

よく勘違いされていることだが、リハビリでは筋力ばかり鍛えているように思われるがそれは違う。リハビリで重視するのは筋力だけではない。筋肉の柔軟性も重要視する。筋肉の柔軟性を促進するROM(range of motion)を行うのも大事なリハビリの役目だ。ROMとは簡単に言えばストレッチで筋肉を柔らかくすることだ。

健常者には想像できないだろうが、足を伸ばせたり肩を回したりするのは当たり前の動作だと思っていはいけない。障害者や老人にはこの動作ができない、またはやりにくい人々がいるのだ。病気や骨折などで安静を強いられたり、または怠けて運動を全くしなくなると筋肉が固まり動きづらくなる。思ったよりも動けない自分にショックを受け、ますます落ち込み運動量が減り閉じこもりがちになる。このような身体面や精神面での低下を総称して廃用症候群と呼ぶ。本当の廃用症候群はもっと複雑で説明が必要だが、とりあえず「動かないことによる運動能力の低下」だと思ってもらえばいい。

この廃用症候群で一番恐ろしいのは関節の拘縮だろう。人間動かないとどんどん関節が固くなってしまう。それは老人の場合、特に顕著に現れる。膝が180度伸びていたのが、いつの間にか90度になり、下手すると30度ぐらいしか動かない人もいる。手も同様に肘が伸ばせなくなり、服を着替えるのも一苦労になる。そして最終的には胎児のように膝を抱えて丸まった姿勢になってしまう。

厚生労働省がリハビリの日数を制限した理由はある程度リハビリをすれば、筋力の向上は頭打ちになるというからだ。それは確かに間違っていない。個人差はあるがある程度筋力の向上についてはこれ以上リハビリをいくらしても伸びない限界がある。しかし、リハビリで本当に大事なのは関節の柔軟性を維持または向上させることだったりする。これはROMを止めてしまうと関節の硬化が少しずつ進んでいく。そして少し風邪でもひいて、安静にしているとかなり関節も固くなってしまう。膝が90度しか曲がらないと言う事は立位を取ることも、歩くこともできない事を意味する。またこれは服が着られないことや排泄が自立できない事に直結してしまうのだ。言っておくが固くなってしまった関節を元通りに柔らかくするのは至難の業だ。理論上ROMを施せば不可能ではないが、殆ど元に戻ることはない。そして恐ろしい事に関節の硬化は死への一里塚になりかねない。

この続きはまた来週にしよう。

エル・ドマドール

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今回はまたまた生活保護をテーマにする。第77回でも語ったように今回も本来は生活保護をテーマに挙げるつもりはなかった。もう本質については語りつくしてしまったと思っていたからだ。しかし、社会情勢が悪化するとともに生活保護がマスメディアで取り上げられる回は増加する一方だ。今回は生活保護についての新たな情報を元に語りたい。

「市民の20人に1人が受給者という実態が、果たして生活保護の本来の方向性に合っているのか。1950年から抜本的な改革がなされていないよどみがある」

予算案発表の記者会見時に大阪市の平松市長はこんな発言をしている。苛立ちを隠せないようだが、無理もない。なんせ99年には6万人だった生活保護者が今年度には13万人以上に増加。生活保護費は一般会計の16.9パーセントを占めているのだ。金額も99年の2.3倍の2800億円に達している。生活保護費が自治体予算の16パーセントを超えると言うのは驚きの数字と言う他ない。ただでさえ累積赤字で財政再建団体一歩手前の大阪市にとってこれは痛い出費だろう。だが、平松市長を苛立たせるものがまだある。

大阪市で生活保護を受ける被保護者の内、その1割以上が他の地方から大阪市に転居してきた人々だと言われている。つまり、他の自治体が自分たちが保護すべき困窮者を大阪市に押し付けている実態があるのだ。

中には「大阪なら生活保護が受けやすい」と耳打ちして大阪までのJRの切符を要保護者に渡して、文字通り厄介払いしている自治体がある。北九州市、高松市、大阪府松原市、大阪府豊中市などがそのような違法行為に手を染めている実態がある。このような「厄介払い」をする自治体は他にもある。静岡県伊東市から熱海市、小田原とそれぞれの市役所が隣の自治体の交通費を渡してたらい回しにしていた事が以前発覚した。また東北のある自治体は仙台市への切符を渡していた。しかも切符を渡す費用は財布を無くしたり困窮した旅行者など交通費が無くて困っている人に貸し付ける制度から流用していた。目的外の事に税金を使うなど納税者に対する背任以外の何物でもない。メディアの事実確認に対しても「そんな事はしていない」と平然と嘘を付いたり、「簡易宿泊所を紹介しただけ」と言い訳するなど公務員としてだけでなく人間としての最低限のモラルさえない。大阪市は「これ以上要保護者を押し付けるなら自治体名を発表する」と言ったが、そんなものとっくにするべきだ。

だが、交通費を渡してホームレスを他の自治体へ押し付けてもいずれ発覚するのは時間の問題だ。発覚すれば世論の袋叩きに遭う事は小賢しい公務員なら予見できるはずだろう。それでいてなぜこんな愚行をするのか?

冷静にそんな当たり前の判断さえできないぐらい追いつめられた地方自治体の事情がある。生活保護費の支給は国4分の3、地方4分の1を負担することが法律で定められている。今の苦しい地方自治体の財政事情ではその4分の1の負担も決して軽くはない。前述した大阪市も支出の16パーセントを生活保護が占めるのだ。どこの自治体もかつての放漫財政が災いして破綻の危機に直面していないところが少ない方だ。一昔の水際作戦(生活保護申請をなんだかんだと難癖付けて追い返すこと)などは生活保護受給者に対する反感や偏見が原因になっているところがあったが、今はもう財政面での悪化でそこまで追い詰められているのだ。ちなみに数年前にこの割合を国と地方で折半する提案がなされたが、地方自治体の猛反対でとん挫した経緯がある。

要保護者の押し付けやたらい回しを防ぐ方法は簡単だ。生活保護費を全額国庫負担にすればいい。それなら地方の醜い要保護者の押しつけ合いはやる理由がなくなる。しかし、これはまず国が首を縦に振らないだろう。「地方負担を課さないと地方は無節操に生活保護を認める」と国側は主張するかもしれない。どちらにしろ、納税者の金には間違いないのだが。

生活保護の不正受給摘発が増加するなど被保護者のモラルにも問題は多いにある。しかし、被保護者の増加でその実態を把握するためのケースワーカーは全く足りない。そして最大の生活保護破綻のトリガーは年金の破綻だろう。年金支給額の減少、年金支給年齢の引き上げ、そして年金破綻。年金が破綻すれば生活保護の原資である地方および国家財政も破綻するだろう。もう困窮者を救う最後の砦は無くなってしまうのだ。俺はこの恐ろしいシナリオを回避する方法を思い付けない。

エル・ドマドール

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