[119]優生学(2)

| 関連記事(0)

前回の最後で俺は果たして着床前診断で本当に障害者の誕生を100パーセント阻止できるのだろうかと疑問を呈した。今回はまずはその疑問から答えたい。結論から言えば着床前診断だろうが出生前診断だろうが障害者の誕生を100パーセント阻止することなどできない。そもそも染色体異常などで先天的障害を持つ胎児は殆どが幸か不幸か死産か流産してしまう。着床前診断が障害者の産み分けに繋がるという意見はあるのだが、だが着床前診断をしなくても誕生はできなかった可能性が高いのだ。

もし着床前診断で正常な受精卵だと診断されたとしても、果たしてそれで正常な乳児が生まれるかと言うとそれも違う。実を言うと殆どの病気や障害は遺伝子レベルではなく後天的影響が大きく作用しているからだ。脳性麻痺や知的発達遅滞、自閉症などは着床前診断をしても防ぐことはできない。なぜならこれらはあまり知られていないが、出産時の事故つまり陣痛促進剤による強引な出産によって起こされた障害であることが多いからだ。陣痛促進剤とは文字通り人為的に陣痛を起こす薬なのだが、投与されると恐ろしいことに胎児に十分な酸素供給ができずに出産する事故が多発する。それが脳性麻痺をはじめとする障害の原因になっているのだ。俺も以前に陣痛促進剤の弊害について述べたことがあるが、産婦人科医は勿論のこと小児科医もそのことについて語ろうとしない。

そもそも遺伝子についてはまだまだ判っていない部分が多く、未だにDNAの9割は何の情報や役割を持っているのか不明なのだ。遺伝子研究をすれば癌家系や糖尿病になりやすいなどが判ると言われており、性格的傾向まで判ると言われているが、突然変異により遺伝病や障害が発症することもあり、どんなに検査を受けても予期できないケースもある。

そしてこれが優生学最大の問題だが、障害者や先天性疾病患者を排除する「劣悪な遺伝要素」という根拠が後世の科学から見て全くの誤りであることが多いのだ。前述したようにかつてハンセン病患者を一般社会から隔離していた時代があった。これはハンセン病が遺伝すると信じ込まれていたためだった。しかし、後にハンセン病は遺伝とは全く関係がない事が明らかになる。なんてことはない。誤った見解でハンセン病患者は政府と科学者の偏見のために犠牲になったのだ。今も昔も医療や科学は何度も過ちを犯してきた。科学者や医師は誤りを犯さないわけではない。それどころか科学は時に偏見のコレクションでもある。だが、自分たちが一般の人々よりも高い知性を持つと信じる人々はその独善性や傲慢さ故にこのような悲劇を繰り返したのだ。

その当時は常識と思えても後の世からは単なる誤りと断罪されることは科学や医療の世界では珍しいことではない。障害者同士で結婚して子供をもうけても、障害が遺伝するわけではないし、人種間の結婚も遺伝的な問題を起こすわけではない。優生学の非人間性が暴かれた後、優生学者たちは非難を避けるために人類学や遺伝子学に続々鞍替えした。しかし、今でもその優生学の名残は生きている。

とある欧米企業では採用の際に血液を採取して、その遺伝子を調べて性格的傾向や将来なりやすい病気を調べる事があると言われる。つまり遺伝子を調べて、かなり短気で癇癪を起こしやすかったり、医療費が高くなりそうな脳腫瘍の病気になりそうだと判断すれば不採用にすると言うわけだ。人種や障害の有無による差別が性格やなりそうな病気に替わっただけだ。かつての非人道的な優生学の誤りが繰り返されていると感じるのは俺だけだろうか?足利事件でも明らかになったようにDNA鑑定に絶対性はない。科学者たちは今はもっと正確に鑑定できるようになったと反論するだろうが、果たしてDNAで性格や将来かかる病気を100パーセント予知できるだろうか?

21世紀になった現在でもどうして優生学が無くならないか?基本的人権や差別の禁止を建前とする近代社会では優生学の流行る余地はないはずだが、未だに無くならない。俺はこのことに人間社会が抱える業を見るようでならない。人間はどの社会でも精神的に脆弱で不安を抱えながら生きている。優生学も「劣等な遺伝子を排除して自分たちの遺伝子をクリーンにしたい」という傲慢さの表れだが、ある意味未知なるものへの恐怖や不安がベースになっている。もし仮に優生学で障害者や有色人種などのマイノリティーを排除しても彼らはそれで満足するだろうか?自分たちの弱さや不安と向き合わない限り次の排除対象を探すだけになるような気がする。

エル・ドマドール

【関連記事】
[118]優生学(1)
常識ぽてち[757]遺伝子検査
常識ぽてち[2000.02.04]母体保護法

[118]優生学(1)

| 関連記事(1)

前号で阿久根市長竹原信一氏の問題発言を紹介した。その際、俺は発言の内容そのものが全くの誤りであると述べた。しかし、彼の発言を非難する人々は内容の正誤よりも、その障害者に対する見解に反発したようだ。とりわけ障害者を出生前に排除するべき、優性思想を思わせる意図には強い非難が殺到した。市長はブログで「障害者差別の意図はない」と否定したがあとの祭りだった。障害者を出生前から排除しようとする優性思想は今の日本社会ではタブーとされており、誰もそのことについて積極的に議論しようとしない。しかし、福祉を語る上でこの事は避けて通ることはできない。ましてや俺のメルマガにタブーは許されない。今回は優生学について語ろう。

少し優性思想、いわゆる優生学について説明しよう。優生学とは人類の遺伝子素養を改善することを目的に悪質な遺伝要素を排除して優良な遺伝子を持った人類を作ろうとする学問の事だ。

ここでいう「劣悪な遺伝要素」と言うのが何に当たるのかが問題で昔も今も物議をかもしているのだ。ここで障害者、有色人種などが「劣悪な遺伝要素」と見なさていた時代があったのだ。日本でもハンセン病患者が強制隔離されていた時代があったが、その目的はこれ以上ハンセン病患者を増やさないために子孫を作らせない事だったのだ。福祉国家と知られるスウェーデンでもかつては障害者に不妊手術を施すなどしていた時代があったのだ。そしてこの思想が極端に発展してしまったのがナチスが行ったホロコースト政策だった。それまでの優生学政策が不妊手術などで生殖手段を断つことによる消極的な方法だったのに対し、ナチスの取った政策は積極的に「劣等」と見なしたマイノリティーを排除し始めたのだ。しかもそこには「劣等」と見なされたユダヤ人だけではなく、ジプシーや障害者も虐殺されたのだ。ナチスの蛮行を非難する書籍や映画には事欠かないが、なんてことはない。他の国もその根本は五十歩百歩なのが現実だ。

日本でも2004年に神戸のある産婦人科医が学会の方針に認められない着床前診断を行い物議を醸したことがある。好ましくない出産、つまり「先天的障害者の出産を阻止する」産み分けを行うのかと非難されたこの病院の言い分はこうだ。「妊娠中に行う羊水検査や超音波診断で胎児が障害者であることが発覚した場合、高い確率で中絶につながってしまう。それなら受精して子宮に着床する前に診断すれば、望まれない妊娠を避ける事ができるではないか」つまり受精卵を調べて将来障害を持つことが判ればその受精卵を排除する。これなら胎児を中絶するわけじゃないから非難もされないというわけだ。しかし、どちらにしろ障害者の誕生を阻止していることに違いはない。

こんな代物は障害者にとってはたまったものではないが、それでも出生前診断や着床前診断を望む親は少なくない。良くないのは承知で言うが、俺はその気持ちは十二分に理解ができる。先天的障害を持った子供を育てるのは並大抵の苦労ではない。社会からの差別や偏見、特に障害児を生んだ親は「親に遺伝的に何か欠陥があるのでは?」などと中傷されることも未だに少なくない。どれだけ社会システムが変わっても障害者が生きていくのに苦労するのには変わらない。それならいっそ生まない方がいいのでは・・・と考えてしまうのは人情だろう。だが、出生前診断と着床前診断では本当に100パーセント障害者の誕生を阻止できるのだろうか?この続きはまた次週に語ろう。

エル・ドマドール

【関連記事】
[105]障害者自立支援法

老人ホームの裏事情シリーズ

たまごや内を検索する


メルマガで購読する

 

 

powered by まぐまぐトップページへ

このサイトを購読する

たまごやの"新着"記事

Loading...

ご訪問感謝!

創刊:2007.09.04


フィードメーター - 学校では教えない本当の社会福祉 学校では教えない本当の社会福祉|エル・ドマドール

学校では教えない本当の社会福祉 カテゴリ

新着コラム

アーカイブ

全 129 件-タイトル表示

著者プロフィール