[117]竹原市長発言

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11月8日に書かれた阿久根市長竹原信一のブログをご存じだろうか。

この市長はそれまでも散々なトラブルを起こして来たが、11月8日に自身のブログで医師不足の問題に触れこんな発言をしている。

「例えば昔、出産は産婆の仕事。高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害をもってのを生き残されている。結果、擁護施設に行く子供が増えてしまった」(竹原信一市長ブログよりそのまま引用)

この記述をめぐっては議会や障害者団体のみならず教育界や宗教界からも反発を受けた。市長は「ブログの発言の一部を取り上げて誤解している」と差別的意図を否定。謝罪を拒否した。しかし12月21日にこの市長は講演会でまたもや過激なスピーチをしていた。それを以下に紹介するが、これを聞くと確信犯的と言われても仕方あるまい。

「社会をつくるには命の部分に踏み込まないと駄目だ。表現としては厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死した足は切り取る。それで全体を生き残らせる。情緒で社会をつくることはできない」

諸君はどう思っただろうか?俺の意見を言わせてもらえば、はっきり言ってこの市長はあまり洗練されていない無知な人だと思ってしまった。発言の内容が障害者の存在を否定するために非難されているが、それ以前に文章の内容が日本語としても酷い。未だに産婆などと差別用語を使っていることもそうだが、この文章の内容で機能障害を使うのは誤りだ。正しくは障害、詳しく言うなら先天性障害と書くべきなのだ。擁護施設も正しくは養護施設だろう。福祉分野や医療分野に対してあまりにも無知なのも酷いが基礎的な教養が無さすぎる。中傷するつもりはないが、阿久根市民はよくこんな無教養は人物を当選させたものだ。まあ、前首相も漢字が読めないのだから仕方がないかもしれない。

世間ではこの文章について感情論で非難を浴びたようだが、俺にとっては驚きではない。この程度の障害者差別発言などは竹原市長が政治家だから問題になるのであって、程度の差こそあれ障害者を軽蔑したり嫌っている人などいくらでもいる。俺のメルマガでもその事は何度も指摘したはずだ。冠婚葬祭に体裁が悪いからと障害者の家族を排除しているケースだって俺は何度も見聞した。視覚障害者が火事を起こすかもしれないからと言う理由で無条件でアパートの契約を拒否される事もある。障害者差別ではないが、インターネットの掲示板や動画サイトには韓国人や中国人を誹謗中傷する発言で溢れ返っている。酷い差別だろうがその醜い社会が我々の直面する現実だ。竹原市長との違いは話題になるかならないかだけだ。

その竹原市長発言に対してのマスコミや議員、教育関係者の反論はあまりにもお粗末だ。「障害者を差別している」という感情論しか聞かれない。だが、そんな感情論だけでは誰もが納得させられるわけじゃない。現に今もこの市長はリコールされていないではないか?どうしてもっと冷静に理路整然と議論ができないだろうか?そこで代わりに俺が理論的な反論を試みたいと思う。

竹原市長は「高度医療のおかげで以前は自然に淘汰された機能障害をもってのを生き残されている」と今の先進医療のお陰で障害者がなまじ生き残っていると書いているが、これはそもそもの前提から誤りだ。確かに今は医療の発達で植物状態でもそう簡単には死亡しない。長寿大国日本の躍進に医療が良くも悪くも医療が重大な役割を担っているのは否定できない。しかし、それはあくまでも末期医療の話だ。産科医療に関しては全く逆の話になる。

医療の歴史を紐解けば元々出産の現場に医師は関与していなかった。ところが19世紀から20世紀にかけて医師が産科医療に関わるようになる。一般で信じられている事とは裏腹に医療が出産に関わるようになってから先天性障害が増えたのだ。ここで詳しくは述べないが、脳性麻痺、奇形児、ダウン症、知的障害などの先天性障害は医療行為が原因である医原病なのだ。特に陣痛促進剤による無理な陣痛は知的障害や脳性麻痺などの原因になり、あまりにも危険すぎる。しかし、こんな危険な薬物を使っているのが病院なのだ。高度医療が障害者をなまじ生かしているなんてそれは全く逆だ。先天性障害者の悲劇は経験から学ばない医師や行政、司法、立法が引き起こしたものなのだ。医療が出産にしゃしゃり出てこなければ彼らは無事に生まれて来たのだ。竹原市長の発言はその点から事実誤認が著しすぎる。無知が故の暴論であるだけなのだ。

エル・ドマドール

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[116]認知症シリーズ(9)隠れた認知症

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前回は認知症でない物忘れが認知症だと誤解されやすい事を書いた。今回はその逆、認知症なのに認知症だと思われていない「隠れた認知症」について語ろう。

第74号「知的障害者(上)」を覚えているだろうか?俺はそのメルマガで知的障害者について明確にその定義を定めた法律がないことを主張した。知的障害者の定義がないために、福祉の保護を受けるべき知的障害者がセーフティネットから放置されている実態を明らかにした。

だが、認知症の場合も似たようなケースが良く見られるのだ。知的障害者と違い、認知症には法律の保護もあり定義もきちんと定められているにも関わらず認知症老人が認知症だと診断されていないためにきちんとした介護や医療を受けていない実態があるのだ。

例えばよくニュースやワイドショーで話題になるゴミ屋敷。近所迷惑もいいところだが、実を言うとゴミ屋敷の住人の多くは認知症だ。計画遂行能力の低下、判断力の低下、収集癖、客観性の低下、記憶障害、いくらでも認知症の兆候は見つけられる。助けてくれる家族でもいれば認知症診断を受けてヘルパーサービスなど適切な介護を受けて安定した生活ができるかもしれない。しかし、彼らには親しい友人や家族、心配してくれる隣人がいないために荒れ果てたゴミ屋敷に埋もれてしまっているのだ。

こんな話をすると老人の孤独死同様、「核家族化が進み、単身者世帯が増えた」「共同体意識がなくなりつつある」と社会学の問題にする学識者が多いが、そんな大げさな問題ではない。元々ゴミ屋敷の住人は認知症になる前から他人とうまく折り合いができない人々が多い。家族がいたとしてもトラブルや諍いを起こし、絶縁状態になっているケースも少なくない。認知症や障害を持っていると人間関係のトラブルも障害の一つと考える福祉関係者は多い。

確かに認知症になると、精神後退が進み我慢ができないなど人間関係に悪影響が出ることはある。だが、本人の人間性の問題を認知症のせいにすることはできない。人間関係の悪化は例え認知症でも多少は本人に責任がある。こんな事を言うと「利用者を軽蔑している」と勘違いする人が多いため言いたくないが、どこにでも嫌われる人がいるように彼らが社会から孤立するのは傲慢さや自己中心性など単に「性格が悪い」と一言で済む問題に過ぎない。

嫌われ者でも障害がなければ日常生活に支障はないだろうが、年老いて認知症になると誰も助けてくれないために本人ばかりか周りまで巻き込む厄介極まりないトラブルメーカーになってしまう。そして民生委員や警察官でもない限りそんな社会不適合者にわざわざ近づきたがる物好きはいない。例え本人と接触できても認知症診断を医師から受けて、介護サービスを受けさせるにはさらに高いハードルを飛び越えないといけない。

まずは本人の壁だ。本人の自我が強く、軽い認知症の場合、認知症診断を受けさせるのは至難の業だ。重度で自分の意志表示がはっきり言えないぐらいの認知症ならまだしも、比較的軽度の認知症の場合は本人に自分が認知症であるという病識がないことがほとんどだ。そんな人々に「認知症診断を受けましょう」と勧めても怒らせてしまうだけだ。

本人の病識の無さも問題だがこれに家族が関わるともっと問題が複雑になってしまうケースもある。福祉関係者から利用者が認知症であると指摘を受けてもその息子や娘、あるいは配偶者が頑として自分の肉親が認知症であることを直視しない事があるのだ。交通事故を起こしたり、火事を起こしたりするとやっと現実を認め始めるが、そうでない限りなかなかどの家族も自分の親が認知症になっていることを積極的に認めようとしない。ケアマネージャーや医師、ヘルパーなどその筋のプロからいくら助言を得ても一向に耳を傾けない家族も珍しくない。だが、家族はそうやって現実逃避をしていればいいが、認知症だと診断されなくて一番不利益をこうむるのは認知症にかかっている本人なのだ。

どうして世間に人々が認知症を直視しないのかと問われれば、認知症について正しい知識が知られていない事が大きいと答える。実を言うと認知症の見分け方に関しては専門家でさえ判断が難しい。認知症の定義でさえよくわかっていない福祉関係者は珍しくない。例え認知症について正しく知っていても、いざ実際に認知症の疑いがある高齢者を目の前にして認知症かどうか判断するのはまた違った難しさがあるからだ。この問題に関しては認知症に対する恐れや偏見が先行している事が大きいだろう。

エル・ドマドール

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