[374]2010年代の幕開け

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 2010年がやって来ました。毎日毎日一生懸命過ごしているのに過去になれば60年代だの90年代だのといとも大胆に10年ごとにまとめて論じられます。そういう意味では新しい10年、2010年代の始まりとも言えます。

 私自身は2000年に会社員を辞め、すぐ起業をしましたので社会人としてのターニング・ポイントが2000年ヒトケタ代の始まりと重なり、人生の中で非常に思い出深い、そしてたった一人ですのでユニークな経験をし続けた10年だったと言えます。昨年の終わりごろ、会社員時代からの知人ですが異業種におられた方から「起業当時からまったく軸がぶれず、深めるものは深め、間口を広げるものは広げていっているので実に順調な成長ぶり」とほめてくださいました。また、もう亡くなられましたがやはり会社員時代一緒に仕事をさせていただいた弁護士の方に「あなたの方向性は正しいから頑張るように」と励ましていただいた事もありました。社会正義を強く訴える方だっただけに、中小企業のためになろう、途上国を支援しようという私の気持ちと重なる部分があったのかも知れません。お世辞半分だったり、単なるエールだったりするのでしょうが、このような大きな目での「見守り」に感謝し続けた10年でもありました。

 昨年を振り返ると、中国向けには超低温の業務用フリーザーや精米機を初めて輸出しました。日本酒の輸出も続けています。輸出逆風の中での日本らしい製品ばかりです。ベトナム向けにも雑貨の輸出を始めました。ベトナムへの投資やベトナムでの生産という動きが盛んな中、いち早くベトナム市場に参入することができました。また、新しい国々との取り組み、フランスや中東との方々や産品との出会いもありました。リーマン・ショック以降、先進国はどうも経済のみならず士気まで低調、逆に新興国や途上国の頑張りや明るさも実感しましたし、イラクやパレスチナといった政情不安定な国々へ想像した以上に多くの日本人が心を寄せている事もわかりました。この辺は日本の一般メディアの報道とはかなり温度差があるような気がしています。

 そして年末には私の古巣の総合商社グループからアイデアを出してほしいとのお声がかかりました。会社員時代は非常に異動が多かったのですが、異動後は仕事がない限り元の部署へ足を踏み入れが事がありません。私にとって職場は神聖な場所であり戦場ですので、離れたものがうかつに遊びに行くのは失礼だという美学を持っているからです。ですから起業後は元の会社へ一度も訪問した事がありませんでした。10年を経て訪問するとグループ企業の経営陣はほとんどが1-2期上の先輩たちでした。「私は日本とアジアの中小企業の支援を行うために仕事をしてきたのでこのような大企業で発言をさせていただくのはおこがましいのですが」と冒頭申し上げると、とんでもないとおっしゃって下さったのでいろいろ提案をさせていただきました。中小企業や途上国のためにと思ってやって来た事が大企業にも役にたつとは何と世の中は不思議に満ちているものかと改めて思いました。

 今月と来月は東京にある公的機関でマーケティングのセミナーを行います。小口輸入でこれから起業をされようという方々のためです。世は不況、不況と言われますが、個人や小さい組織だからできる事もたくさんあるはずです。バブルの頃からずっと感じてきたことですが、日本人は効率だのシステムだの、リスク・マネジメントだのと頭でっかちになり、理屈だけで何とかしようとする風潮が強くなっています。国際化が強いられる中で、日本人が本来持っていた勤勉さ、良い意味での情緒性、他人への配慮や社会の中での調和がどんどんなくなりつつある気がします。日本人としての「良さ」なくして真の国際化はあり得ないと思います。

河口容子

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 メコン地域投資促進セミナーに行って来ました。カンボジア経済特別区委員会副長官、ラオス投資計画省投資促進局長、ミャンマー外務省国際機関・経済局長、タイ投資委員会国際部長、ベトナム計画投資省国内経済局副局長という実務レベルトップのメンバーが勢ぞろいし、日本・メコン交流年であった2009年をしめくくるにふさわしいセミナーでした。とはいえ日本人にとって投資活動からはまだまだなじみの薄い国々もあるのに250名の定員があっという間に埋まったそうです。

12月10日号「ベトナム新しい展開」でも触れたようにベトナム関連のセミナーも満杯、11月にコンサルタントを務めさせていただいた「ヨルダン イラク パレスチナ展」でもこの3ケ国についてそれぞれセミナーが並催されていましたが、いずれも大変なにぎわいでした。途上国に寄せるビジネスマンたちの関心と一般メディアによる報道記事にはどうも温度差があるような気がしてなりません。国際化をさらに進展させようと羽ばたく人々と自分の身の周りの事だけで精いっぱいになっている人々という二極分化も始まっているような気がします。

この地域についてはすでに何回かこのエッセイで触れております。関連記事を書きだしておきますのであわせてお読みいただければ概要や執筆時との変化をおわかりいただける事でしょう。冒頭の 5ケ国に中国を入れた 6ケ国が GMS(大メコン地域)ですが、 1人あたり GDPの順で言うとタイ(4,115米ドル)、中国( 1,300米ドル)、ベトナム( 1,040米ドル)、ラオス(840米ドル)、カンボジア(818米ドル)、ミャンマー(462米ドル)となります。人口順では中国(1,300百万人)、ベトナム(86百万人)、タイ(66百万人)、ミャンマー( 59百万人)、カンボジア(14百万人)、ラオス(6百万人)となります。この経済格差(つまり労働コストの差)を活用して国際分業を行い、共に発展しようというのが今のメコン地域のめざす方向です。

たとえばタイには 7,000社以上の日系企業が進出しており、自動車産業や家電などの精密部品やハイテク製品に国際競争力を持っていますが、生産コストが上昇しています。そこでタイの工場を閉鎖せず、ラオスで労働集約的な作業を行い、タイで最終組み立てを行い、タイ国内で販売する、もしくはタイから輸出するというパターンがあります。

あるいは中国にマザー工場を置き、ラオス第2工場、さらにタイで最終組み立て、そこから輸出というパターン。中国にマザー工場を置き、ミャンマーが第2工場、あるいはベトナムがマザー工場でカンボジアが第2工場というように無数の組み合わせが考えられます。それぞれのお国事情もありますが、現在道路網の整備や通関制度の簡略化が進んでいます。

 以前、ベトナムの貿易促進機関の副長官と雑談をした際に「日本人はアセアンの後発国であるラオス、カンボジア、ミャンマーとはビジネスでのつながりが少なく、域内での格差が広がった場合、アセアンとして連帯が危うくなるのでは」と私が言うと「それでは日本からの投資がふえているベトナムが架け橋となれば良いでしょう。ベトナムにとっても新しいビジネス・モデルとなるし、日本も後発国もそれぞれにメリットがあります。」と即座に答えられました。賢人で有名な方でしたが、国境紛争の絶えなかった国々がそれぞれの違いを生かしながら協調しあおうという時代に入りつつある事は確かです。

河口容子

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