[284]金大中

「きむでじゅん」で金大中と変換するとはマイクロソフトの日本語変換IMEもなかなかやるではないですか。昔は韓国人や中国人の名前を日本語読みで表記発音していました。だから私などには「きむでじゅん」より「きんだいちゅう」の方が馴染み深い。そして「きんだいちゅう」とくればあの「金大中事件」忘れることはできないのです。

金大中氏がノーベル平和賞を受賞することに決まったようです。これはこれでいいことだと思いますし、なにより波乱万丈の人生を歩んできた金大中氏に労をねぎらいたい。ともかくよく生きてきたもんだと。

今から27年前の1973年8月8日。東京九段下はものものしい雰囲気に包まれていました。といいたいところですが、じつはなんら変わりない雰囲気を保っていたんですね。この日は、九段下のホテルグランドパレスで、反政府運動をしていた金大中氏が韓国政府に拉致され事件が発生しました。ちょうどそのとき私はグランドパレスの前をクルマで通り過ぎましたが、なんの警戒もなかった。というより、捜査自体も極秘に行われたのではないかと思います。

拉致された金大中氏は13日に忽然と自宅付近に現れました。その後の調査でこの事件はKCIAの犯行だったことが定説になっています。当時、四十代の金大中氏は若手野党政治家として反政府活動を展開していたため、KCIA現・国家安全企画部はこれを阻止しようと拉致事件を起こしたのです。事件は北朝鮮によって行われたと偽装されましたが、犯行は当時の政権が行ったものです。しかしこのきな臭い韓国事情のさなか、暗殺されてもまったくおかしくなかったのというのが、世情でした。

それらの艱難を乗り越えてのノーベル平和賞。じつに重たい受賞です。

懸念もあります。ノーベル平和賞の功績が南北朝鮮の歩みよりとするなら、北朝鮮は面白くないでしょう。それなら、金正日氏も受賞してもいいからです。金大中氏の受賞理由は南北朝鮮の歩み寄りに貢献したこととせず、アジアの平和に貢献したとすべきでしょう。せっかく機嫌のいい北朝鮮をわざわざ刺激することはありません。

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