[249a]お六櫛(おろくぐし)

最近では、髪を茶髪あるいは金髪に染める若者が多いけれど、日本人はその黒髪の美しさが世界に誇れるものなのに、なんとももったいないと思う今日このごろであります。

江戸時代中期、信州は木曽に「お六」という美しい娘がいたそうな。しかしお六は大変な頭痛持ちで、あるとき御嶽山に詣でたとき「ミネバリの木で作った櫛で黒髪をすけば、頭痛は治る」とのお告げがあり、早速その櫛で黒髪をすいていたところ頭痛が見事治ったという伝説があります。以来、ミネバリの櫛は木曽の伝統工芸品になっています。

長い黒髪が美しさのシンボルであったいにしえの昔から、女性に欠かせないのが櫛。櫛で髪を梳り(けずり)、手鏡でその仕上がりを確認する。櫛は女性にとって命の次に大事なものであったはずです。櫛そのものの歴史は大変古く、日本最古といわれる福井県鳥浜貝塚出土の木櫛は、今から5~6千年前の縄文時代前期のものといわれます。しかし、伝統工芸として製法が伝わってきたのはそれよりもぞっとあとの6世紀後半ごろとされます。

櫛といえば柘植(つげ)の櫛が有名ですが、木曽のお六櫛は「ミネバリ」というカバの一種の木で作られます。櫛に使う木は、適度の油分がありしなやかでしかも細い歯をつけるため強度が要求されます。その点、ミネバリはもっとも適した材料で、髪によく馴染み静電気もたず最適な材料です。

最近の櫛はほぼ機械で作られますが、櫛本来の目的はただ髪をすくだけでなく、フケや汚れを取り除く役目もあります。機械で作る櫛の歯幅はどんなに狭めても1.5mmが限界。ところがこれを職人が手で作ると0.5mm幅まで狭めることできます。しかし残念なことに、お六櫛を作れる職人は現在ただ一人。その職人も86歳という高齢。早く後継者が育つことを願ってやみません。