[1294]富岡製糸場

お正月休みに群馬県へ出かけたので、富岡にある製糸場を訪ねてみました。富岡製糸場は世界遺産登録に向けて活動している文化遺産です。現在は操業していません。
 
富岡製糸場の歴史やあらましなどは本家のホームページを見ていただくとして、ここでは養蚕にまつわる話をしたいと思います。
 
明治維新を経て日本で海外に輸出できるものといえば古くからある絹糸でした。これは当時の日本では世界に誇れるほどの品質を持っていたのです。
 
しかし、売れるとなると金儲け主義の製糸工場が乱立し、品質が劣ると同時に、女工哀史に代表される労働条件の悪さが目立つようになりました。
 
そこで誕生したのが富岡製糸場。国が管理し、品質のよい生糸の生産、労働条件の改善、技術者の養成などを目指し、日本の製糸場の模範となったのが富岡製糸場なのです。
 
さて養蚕といえば、今はほとんど見られなくなりました。言葉は知っていても実際に養蚕現場を見たことのある人は少ないでしょう。
 
蚕(カイコ)は家畜化された昆虫で、野生には生息していません。すでに野生回帰能力を完全に失っており人間による管理なしでは生育することができません。養蚕は虫が原動力という珍しい産業なのです。
 
高級な製糸である絹は蚕の吐く糸(たんぱく質)から作ります。虫ですから食料(桑の葉)も必要ですし、温度管理や世代交代の管理など結構大変です。そして成長して蛹になる前に繭を作りますが、この繭から生糸をとります。
 
蚕の一生: 卵→幼虫→蛹(繭)→成虫(蚕蛾)
 
蚕が吐く糸は2種類のたんぱく質からできており、生糸になるフィブロインが内側に、糊の役目をしているセリシンが外側にあります。

セリシンはお湯に溶ける性質があるので、製糸場で女工さんが行なう仕事が繭を煮てセリシンが剥がれたフィブロイン糸を取り出す作業。過酷な作業にも関わらず、手が荒れないことから、このセリシンも大変貴重な成分だったのです。現在このセリシン成分で作ったのが絹の石鹸。大変高価です。
 
富岡製糸場は25年前に操業を停止した状態で現在に至っており、各所に老朽化が目立ち、早い時期での世界遺産登録が望まれます。
 
ちなみに国内で操業している製糸場は同じ群馬県にある碓氷製糸場と山形県にある製糸場の2箇所のみとか。純国産の絹糸はもうここでしか作られていないのです。富岡製糸場で製糸の状況をビデオ放映していますが、これは碓氷製糸場のものとのことです。
 
皆さんも一度訪問し、明治時代の花形産業に触れてみるのもいいのではないでしょうか。
 
富岡製糸場