[646]墨

小学校の頃、放課後にお習字を習っていましたた。親に買ってもらった習字セットの安物の墨を磨るのですが、先生は墨汁を使ってなんとなくずるいと思ったものです。そのうちチューブに入った練墨を使うようになりましたが、なんかちょっと違うぞ!という感じがしていました。先生がたまに磨る墨は大きく格調があって、値段も高そう。磨られた墨は真っ黒でいい香り。いい墨をいい硯で磨ってみたい、そんなことを小学生が生意気にも思う。しかし格調高い墨は子供でもそう思わせる本物の雰囲気があったことは否めません。

墨は磨る時間を要する筆記用具です。墨を心静かにするひと時は精神を統一する意味もあります。いまどきこんな悠長な筆記用具はほかを探してもないでしょう。

墨が日本に伝えられたのは奈良時代の推古天皇の頃といわれます。奈良には寺社がたくさんあり墨の原料となる「すす」がたくさん手に入るので必然奈良は墨の産地となります。寺社は灯明を焚くので「すす」には事欠かなかったのでしょう。

今でも、墨は「すす」から作られます。採煙蔵のといわれる土蔵の中で、素焼きの皿に注がれた菜種やゴマなどの植物油をろうそくのように燃やし、その炎の上に置かれたお椀につくすすを採取します。そのすすに動物性の膠(にかわ)を混ぜてこね、飴状になったら型にはめプレスします。油を燃やす灯心は細いほど良質な細かいすすが取れますが、灯心の調整は難しくベテラン職人の技が必要だとか。

型から外された墨は割れやすく、また曲がりやすいので、灰に埋められてゆっくり乾燥させます。何回も埋め戻され、この間30日。出来上がった墨は室内でゆっくり自然乾燥させ、やっと日の目を見ます。ここまでの作業はすべて墨匠(ぼくしょう)といわれる職人の手作業で行われます。当然真っ黒になっての仕事です。

あなたも真っ黒になって、まっすぐな墨を作って見ますか?

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