[1206]裁判員制度

2013年5月18日

いよいよ来年2009年から裁判員制度が始まります。制度の是非はともかく、こういった議論を要する制度が勝手にどんどん決まってしまうことに憂います。青少年ネット規制法(平成20年6月11日参院本会議可決)しかり、後席シートベルトを強制する道路交通法改正(平成20年6月1日から施行)しかりです。

今回は、そんな裁判員制度を検証するとともに、司法とは何であるかを述べたいと思います。

裁判員制度とは?

裁判員制度とは平成21年5月21日からスタートする国民参加型の司法制度です。国民を裁判員として刑事事件に参加してもらい、被告人が有罪かどうか、そして有罪の場合はどのような刑にするかを裁判官と一緒に決めます。これまでの刑事事件は3人の裁判官で行われていましたが、裁判員制度がスタートするとこれに6人の裁判員が加わり裁判を行うことになります。

今回裁判員制度が導入された最大の理由は、裁判官の数が少ないことがあげられますが、それよりも司法にかかわる人間の人間性・常識が問題になっているからです。

裁判官や検察官、弁護士などになるためには極めて難しい司法試験に合格しなければなりません。そのためには日常を犠牲にして勉強に励まなければならずそのため世間の常識に疎いガリ勉タイプの法律家が多くなってしまうのも事実。

法曹界という狭い社会にだけに生きる裁判官の判決は「世の中の実情から乖離している」といった意見もあります。そこで一般の国民が裁判に関与する裁判員制度の導入が図られたわけです。

しかし、一般人が裁判、つまり司法にかかわるということはどういうことなのでしょうか?「一般人の解釈、常識、感情で裁判する」という勘違いをおこしていないでしょうか?

司法とは法につかさどること。つまり法に忠実に裁くことをいいます。法律がヘンであっても、その法律に則り裁判します。ここに私情は入り込めません。法の条文を理解し、その法に則っているかどうかを検証するのが司法です。法に則っているかどうかを判断するには、その法を熟知していなければなりません。過去の判例が条文とどのような関係になっているかを熟知していなければ正しい判断ができないからです。

そのためには常人を超えた勉強が必要です。法曹三者といわれる裁判官・検察官・弁護士は、そのために勉強しているわけです。そういった人を差し置いて一般人が参加する裁判員制度。もっと議論が必要と感じます。

よく裁判の結果が変な結果に終わることがあります。裁判官がコメントをつける例です。この審判の結果は法に則ればAであるが、世間一般の常識からすればBである、といった具合。こういった場合は、立法(国会)が法を変えていく必要があります。三権分立の立場上、司法が立法に立ち入ることはできませんから。

時代遅れなヘボイ法律であっても、司法はそれに則って審判をしなければならないのです。もしあなたが裁判員になったら?ぜひ裁判に備え、猛烈に勉強していただきたいと思います。被害者のためにも加害者のためにも。