[837]三宅島

平成12年9月の全島避難以来、関係機関の努力により復旧作業が行なわれている三宅島。来年2005年2月の避難指示解除に向けて電気、電話、水道などのライフラインの整備が着々と進んでいるようです。

噴火性の地震は収まっているようですが未だに心配なのは火山性ガスの噴出です。一部の居住地域では未だに高濃度の火山性ガスが流れてきているとのこと。避難解除が出て帰島したとしても火山性ガスとの共生が強いられるようです。避難生活で精神的、経済的にも限界状態に来ている元島民の皆さんの心中お察し申し上げます。

三宅島は東京都に属する島で正式には東京都三宅島三宅村といいます。三宅島は伊豆七島に属します。といっても今は伊豆七島とはあまりいわず伊豆諸島というらしい。三宅島はその伊豆諸島に含まれる自然にあふれた島。昭和39年には富士箱根国立公園に追加指定され、その自然は国によって保護されています。三宅島は別名バードアイランドといわれるほど野鳥の多い島。これまでカンムリウミスズメ、カラスバトなど211種が確認されていて学術的意味合いも深い島です。

三宅島に限らず、伊豆諸島は江戸時代は流刑の島でした。流刑に使われるくらいですから当時はそうそう帰って来られない辺境でした。帰ってくるどころか海が時化れば行くことさえ困難。島に流される犯罪人は目的の地に行くことなく途中の島で一生を終えた人もいるといいます。

三宅島に島流しにあった人は、江戸時代の歌舞伎役者「生島新五郎」。江戸時代の国学者「竹内式部」。同じく江戸時代の武州の侠客「小金井小次郎」など。この中で竹内式部は八丈島に流される予定でしたが、船中で発病してその途中三宅島へ上がり養生するも回復することなく没しました。小金井は島に貯水池を作るなど島民の生活に貢献しています。

流刑といっても、江戸時代のことですから思想的なことで排除されたもので、犯罪人といっても優秀な人物が多いのです。つまり、徳川幕府にとって頭の良い人物はかえってうるさがられ、目の上のたんこぶを流刑にしただけに過ぎません。といっても生島新五郎だけは大奥がらみの色恋沙汰で流刑になったようですが。

流刑は通常終身刑だから流された人は死ぬまで島民と一緒に生活します。隔離するのが目的ですから労働を強制されることもありません。もともと頭のよい人たちですから島民のために大きな功績を残すことも多く、今ある文化も流刑が無かったら育たなかったと言えるものも多いのです。

三宅島島民の中に流刑者の子孫がいらっしゃるだろうか?もしいらっしゃるとすれば胸を張っていいと思います。流刑者は優秀な人物であり島にとって大きな功績を残した偉人なのですから。

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著者プロフィール

たまごや
1954年1月東京中野区生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。現在茨城県にて有限会社たまごや主催。独自の視点によるコンテンツの発信と「感動の園芸・儲かる農業」をテーマとした肥料販売サイト「たまごや商店」を手がける。