カテゴリ"歴史・伝統文化の常識"のコラム

[1183]マリオ君とマリアさん

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生まれた子に名前をつける場合、日本人の場合は結構こだわります。そのために普通に読めない、あるいはヨミヅライ名前をつけてしまうことがあります。

たとえば利明と書いてトシヒロと読ませる
智美と書いてサトミと読ませる
男の子の名前で美樹と書いてヨシキと読ませる...

占いや親の知識に基づいて、本当にこだわりがあるのならそれも良しとしますが、流行のタレントの名前や、親の知識の無さに起因する名前をつけられた子供はその後の人生で大変な労力をはらうことになります。

・裁判で改名が認められた「田中角栄」君

・一時期話題となった「悪魔」君

・小噺に出てくる長い名前「寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」

一方で、ラテン系の国、たとえばイタリアなどでは、子供が生まれたときにあまりこだわったりひねったりすることはありません。

女の子が生まれれば、まずマリアとつけることが多いです。これはキリストの母、聖母マリアにあやかって、幸せになってほしいという親の心がそのまま素直に現れる名づけ方でしょう。

したがって、イタリアでは石を投げればマリアに当たるといわれるほどマリアさんが多いのです。

もし、その石が男に当たったら?

おそらくその男の人の名前はマリオ君。

じつは、女性の名前マリアと同じく多い男性の名前がマリオなのです。

もともと、ラテン系の国では、語尾がaで終わるのは女性名詞、oで終わるのは男性名詞とされることが多いのです。したがってMariaは女性、Marioは男性となります。

日本では子供が生まれると、女の子は~子とつけることが伝統的に多いですが子はoで終わるので、ラテン系の国では男の子と間違われることがあります。
もしワールドワイドに活躍することを生まれてきた子に託すならば、女の子の場合はaで終わる名前をつけるといいと思います。

まどか、あやかなど。

同じく男の子に名づけするときは、oで終わるようにします。伝統的な俊夫や雅彦はOKですが、正也、章などはaで終わるため、外国では女の子?と間違われることがあるかもしれません。

ロイヤルコペンハーゲンイヤープレート1908年(明治41年)【聖母マリアとキリスト】

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[1169]ランドセル

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まもなく新一年生が大きいランドセルを背負って登校する姿を目にすることができる、4月はそんな季節です。このランドセル、先日のクイズ番組でオランダ語とされていましたが、語源はオランダ語のランセルではありますが、それが変じてランドセルというこの言葉はすでに日本語といっていいものです。

英語にはランドセルというスペルは無く、オランダ語のranselはランドセルとは呼びません。したがって英語表記とするならばローマ字そのまんまのRandoseruが正しいと思われます。

江戸時代の幕末に西洋式の軍隊を導入した際に、軍服と同時に背嚢(はいのう)も輸入され、それがランドセルの始まりとされています。明治時代になると学習院で両手があく背嚢に学用品を詰めて登校するように指導し、さらに時の皇族(のちの大正天皇)の学習院入学を祝って伊藤博文がランドセルを献上したことで、以後日本でランドセルとして定着することとなります。

戦後の昭和30年代になると、ランドセルは小学生用として広く普及してきました。おじいちゃんおばあちゃんが孫に贈るものとしてランドセルが一般的なものとなったのです。これだけランドセルが普及したのは日本だけです。まさに日本の文化といえます。

私が小学生の頃は、皮製であっても大体3,000円ほどで買えたランドセルですが、どれも6年間はもたず、5、6年生になると皆それぞれ普通のカバンをもって登校していました。最近では普及品で7,000円くらい。コードバンなど高級皮革を使ったものは5万円以上もするようで、そういった高級品は6年間の使用にも耐えるようです。

しかし6年間大事に使っても中学生では使うことの無いランドセルを捨てるにはしのびない。そんな人のために、ランドセルをマスコットにリフォームしてくれるサービスもあります。小学生の思い出として、最適なこのサービス、利用してみてはいかがでしょう。

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[1159]おみやげ

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旅行にいくと必ずお土産を買いたくなります。会社の同僚や家族にということならばそれも納得ですが、誰にということでもなく、へたをすると自分に買ったりもします。自分にお土産というのは全くへんですがこれも神の国日本人のなせる業だからでしょうか。

おみやげは漢字で書くと「お土産」となり、旅行に行った先での名産を持ち帰る、というような意味に理解していると思います。しかし本来の「おみやげ」の意味はちょっと違います。

「みやげ」は本来「宮笥(みやげ)」と書き、お宮でもらう木でできたお札のことをいいます。お宮とは前にも書きました神宮のことであり、この神宮とは伊勢神宮です。

伊勢の近所ならばいいですが、九州や東北、北海道なども遠方の僻地ではこのお札をもらいにいくことはじつに大変なことだったのです。

お札をもらいに行く人は、村でも特に頑強な人物が選ばれました。村人は使者にお賽銭を渡し、自分の祈願を使者に託しました。これが餞別(せんべつ)の始まりです。

しかし、遠い伊勢参りです。その頑強な人物でさえ遠い生きて戻れるかどうかはわかりません。お賽銭を渡したものの帰ってこないことも多くあったでしょう。「餞別」が今生の別れに使われるようになったのはこんな背景があるのかもしれません。

村人に託された頑強な使者は無事神宮にたどり着き、村人に代わって祈願をし、お札(宮笥)を皆が待つ村に持って帰ります。これが「みやげ」の発祥です。

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[1158]神武天皇と建国記念の日

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毎年2月11日は建国記念の日とされ国民の祝日とされています。建国とは日本が誕生した日であり、それは初代天皇である神武(じんむ)天皇が即位した日をとっています。「11日」であることが大事なので、体育の日などのようにズれたりはしません。

建国の日は明治政府が決めたようで、それ以前にも神話的に日本は存在しましたが、政府によって正式に初代天皇が決定されたことになります。しかし神武天皇が実際にいたかどうかは定かではなく、神話に近いものがあります。

通説では初代神武天皇から9代開化天皇までは実在が怪しく、実在する最初の天皇は、第10代崇神天皇であるという説が有力です。今上天皇(今の天皇)は125代とされていますがこれは神武天皇から数えてなので、実際には116代目くらいではないでしょうか。

日本書紀によれば神武天皇が即位した日は「辛酉年春正月庚辰朔」となっています。これを暦によって遡ると紀元前660年(辛酉の年)の2月11日(庚辰の日でありかつ朔日)になります。この日は紀元節ともいわれます。

この日をスタートとした暦は皇紀といわれ、第二次世界大戦中も「皇紀は2600年」と歌われ、戦況芳しくなくとも「神風が吹いて日本は勝つ」と国民は信じていたといういきさつがあります。今年2008年は皇紀で言うと2008+660=2668年といなります。

神武天皇を祭神として祀った神宮は奈良県橿原市の橿原神宮(かしはらじんぐう)。明治天皇により明治23年(1890年)に官幣大社として創建されたものです。

なお、神武天皇を「かんむてんのう」間違えて読む人もいるようですが、「じんむ」が正しいです。ちなみに「かんむてんのう=桓武天皇」は50代天皇として実在が確認されています。

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[1155]神社と神宮

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神社と神宮、どう違うのでしょうか?
神社と神宮の区別はこう考えるとわかると思います。

神社=神様が降りてくるところ。用が済めばお帰りになる
神宮=神様が常駐しているところ

神社の「社」は「やしろ」と読みますが、屋代(やしろ)とも書き、これは結界を表します。結界とは神様が降りてくる場所で、紐などで囲った領域をいいます。家を建てるときに執り行う地鎮祭などで、竹を四隅に配し、紐をかけた光景を見ますが、これが社(結界)です。地鎮祭はここに神様をお呼びして、建物を建てる土地を浄化する行事です。

社は神様が降りてはきますが、用が済めば帰ってしまいます。できればいつもいて欲しいと思うのが人情。そこで、神社にお宮(御屋=おみや)を置くことになります。お宮とは神様の住居。家を提供することで神様に常駐していただくのです。

神様にも親や兄弟がいますので、その神様たちも降りてくることがあります。そのため神宮の中に神社があったりもします。先日訪問した千葉県の香取神宮では、本殿の神様のほか、その母親である神様の神社も香取神宮の境内のなかにありました。

香取神宮には、要石(かなめいし)という地震を抑えている石が地面から頭を出しているのですが、この石を見張っている神様のお社も中にありました。ちなみに、この要石は茨城県の鹿島神宮にもある要石と対になっているそうです。地震を起こす鯰をこの石が抑えているとのこと。

香取神宮と鹿島神宮は非常に近いので一日で両方を巡ることができます。雄大な鹿島神宮と荘厳な香取神宮を対比してみるとなかなか興味深いと思います。
鹿島神宮
鹿島神宮(2008.01.14撮影)

香取神宮
香取神宮(2008.01.14撮影)

鹿島神宮の要石
鹿島神宮の要石

香取神宮の要石
香取神宮の要石

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