筍(たけのこ)の季節です。竹林を歩いていると、ちょこんと頭を出している筍(竹の子)。これが明日には1mにも成長している、とよくいわれます。しかし一日で1mというのはちょっと極端で、実際には50cmほどでしょう。それでも、この成長力は驚くばかりです。
このように一瞬にして成長する植物は他にありません。この成長力の秘密はなんなのでしょうか?
筍(たけのこ)の季節です。竹林を歩いていると、ちょこんと頭を出している筍(竹の子)。これが明日には1mにも成長している、とよくいわれます。しかし一日で1mというのはちょっと極端で、実際には50cmほどでしょう。それでも、この成長力は驚くばかりです。
このように一瞬にして成長する植物は他にありません。この成長力の秘密はなんなのでしょうか?
日本は南極海と北大西洋で捕鯨活動を行っています。名目は「絶滅に瀕しているかどうか?」。これは科学的な調査ということで「調査捕鯨」と呼んでいます。クジラの捕獲は国際的な取り決め「国際捕鯨取締条約第8条」の規定により、(財)日本鯨類研究所が日本政府の特別許可を受けて実施しています。
したがって調査捕鯨は国際的なルールにも適っており、国際法でも日本の法律でも問題はありません。しかしこの調査捕鯨、シーシェパードの妨害を受けるなどニュースを騒がせていますが、これはどうしたことなのでしょうか?
君が代(きみがよ)は日本の国歌です。正式に制定されたのは比較的最近の1999年。国旗国歌法によって法的に制定されましたが、歌自体はすでに明治時代にも国歌として扱われてきたものです。
歌詞自体は平安時代に詠まれた和歌に基づくものとされ、明治時代その歌詞に林廣守が曲を付け、ドイツ人の音楽家フランツ・エッケルトが西洋的なアレンジをして現在の「君が代」となりました。日本的な響きの中にも西洋的な荘厳さがあるのはドイツ人の手が入っているからなのですね。
明治時代から国歌として慣例的に用いられてきた「君が代」は、その内容が天皇を尊重するものということから、右よりの意見や、左よりの意見が今なお交錯しています。
思想的なものは抜きとして、みんなで唄える国歌はあっていいのではないでしょうか。そして国旗も同様。しかし今上天皇は国家掲揚国歌斉唱については「強制的でないこと」を望んでいるようです。
《君が代の歌詞》
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
こけのむすまで
これを漢字を交えた文章にすると意味がわかりやすくなります。
「君が代は 千代に八千代に 細石の 巌となりて 苔の生すまで」
君(天皇、君主)の時代は、千年、八千年も続きますように。
細かい石が大きな岩となって、それに苔が生えるくらい永年にわたって繁栄しますように。
訳するとこんな意味となります。ここで、君=天皇とするところにいろいろな意見が分かれる原因となっています。
日本の国旗は日章旗、つまり日の丸。そして国歌は「君が代」。
誰もが知っている日本の国旗と国歌ですが、正式に決まったのは1999年(平成11年8月13日公布施行)のこと。これは日本の国旗と国歌を決めた法律「国旗及び国歌に関する法律」によります。意外ですがつい最近のことなのです。
《国旗国歌法》
第1条 国旗は、日章旗とする。
第2条 国歌は、君が代とする。
附則 施行期日の指定、商船規則(明治3年太政官布告第57号)の廃止、商船規則による旧形式の日章旗の経過措置。
別記 日章旗の具体的な形状、君が代の歌詞・楽曲。
これだけの法律です。
日章旗とは日の丸のことですが、これが使われたのはかなり昔の平安時代からとされています。正式に日本のシンボルとして採用されたのは江戸時代末期から。当時の島津藩が海外交易用に使っていた日の丸を、民間の商船であるという目印に江戸幕府が正式に採用したのがのが起源です。
その商船時代の旗は日の丸の位置が竿側に多少ずれていたものでしたが、国旗国歌法により、現在は中心位置になっています。法律の附則は以前の規格でも使えるようにした但し書きです。
《国旗の仕様》
縦:横の三分の二
日章:直径 縦の五分の三
中心:旗の中心
色は地は白色、日章は紅色
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制定のいきさつは、ご存知のとおり、学校等で国旗掲揚、国歌斉唱が行われなくなったため、これを遺憾とした文部科学省が法の制定の方向で動いたものです。この点につきましては、裁判でも争われた経緯があり、共産主義(あるいは左翼)とナショナリズム(あるいは右翼)の関連があり白黒させるのは難しいところです。日教組も絡んできます。
ところで、戦争映画でよく見る日本の軍艦に掲揚されている朝日のマークの旗は「旭日旗旗(きょくじつき)」といって、日章に旭光をデザインしたもの。旭日旗は敗戦後一時は使用を中止しましたが、現在では陸上自衛隊が光線が8条ある「八条旭日旗」を、海上自衛隊では光線が16条ある十六条旭日旗を使っています。航空自衛隊はアメリカ臭のする鷲をデザインしたものになっています。自衛隊旗はいずれも旧日本軍隊色が非常に強く、このあたりも海外を刺激してしまう原因となっていると思います。

国歌「君が代」については次回。
9月に入ったばかりはまだ残暑が厳しく、しかしそれも9月下旬になると涼しさとともに湿度が下がり快適な気候となります。これが10月になると秋晴れで行楽にも良く、またおいしいものが並び食欲をそそる秋でもあります。
10月第二月曜日は体育の日となっていますが、これはもともと東京オリンピックの開会の日(10月10日)を記念したもの。10月10日は晴れの特異日で、一年でも天気の良いこの日をわざわざ選んだのです。(なのに体育の日を第二月曜日にしてしまうとは...)
さて、気候の良いこの季節を指して「天高く馬肥ゆる秋」といったりします。豊穣の秋あるいは食欲の秋を彷彿とさせるこの言葉ですが、じつはこの解釈、日本独自のものです。
もともと中国の故事である「天高く馬肥ゆる秋」は中国人にとって警戒の意味を表す言葉です。食欲とはまったく関係がありません。
秋は実りの秋。この時期になると中国では北のほうから匈奴(きょうど)と呼ばれる騎馬民族が収穫物を略奪するために攻めてきます。せっかく実った農産物を略奪されてはたまりません。そのためこの時期になると「天高く馬肥ゆる秋は北を良く見張って注意しよう」と皆で呼びかけあったのです。それが故事として残ったものと考えられています。
中国では特に北東方角を鬼門といって凶意を表すことに使いますが、これは敵が攻めてくる方向を注意警戒するためのもの。陸続きで広大な土地を持つ中国ではこういった災難に対して警戒することがとても重要。世界遺産にもなっている万里の長城も匈奴の侵入を防ぐためのものです。
攻めるほうの匈奴もすごい語句で呼ばれたものですが、彼らも厳しい寒さのため農作ができず、自民族を守るためには南方への略奪の道を選ばざるを得なかったのです。ちなみに、匈奴とはモンゴル一帯の遊牧民族を言いますが、差別用語のためモンゴル人や中国人の前では使わないようにしましょう。
「天高く馬肥ゆる秋」=「常に外敵の侵攻に対して警戒をする」という意味。