2001年9月 記事一覧

〔16〕米国同時多発テロについて

しじみです。NYに住む高校時代の大切な友人と先日やっとメールにて連絡をとることができました。TV映像を見ている限り「すごいな」とか「わぁ怖いな」くらいしか感じなかった私ですが、友人のメールを読んだとたん、自然と鳥肌がたち、涙が後から後から溢れてきました。今回はお仕事の話をちょっと離れ、この容易ならない問題について私の意見を書いてみようと思いました。世界各国に住む友人が、そして私たちが、再び平和な世界で生活できることを祈り…。

私は社会的に問題になっていることを自分なりに分析して、結論を出すという作業が好きだ。だが、たいていの場合、結論が出た頃には「あんた、いつの話してるのよ。」と周りの人に笑われてしまう。そう、私は頭の中で物事を処理する能力というのが人一倍遅いのだと思う。

そんな私の頭の中で毎日ぐるぐる回っているものがある。それは今世間を騒がせているテロによるNYビル襲撃、そしてそれを基点に始まるであろう世の中の様々な変化だ。

会社にいても、飲みの場でも、気のおける友達と遊んでいる時にも、その話題に触れない日というのが、あの日から、ない。

若い頃沢山勉強した物知りな人や、頭の回転が早い人、お喋りな人、は「この時ぞ」とばかりに意気揚揚と“報復”ついて反対だ、賛成だと語っている。その中で私だけがいつも頭の中を整理できずに、発言できないでいるのだ。

8月に靖国神社参拝の騒ぎがあった時もそうだった。周りの人が討論している中、私だけぽけーっとしていた。その時はさすがにそんな自分が情けなくなり、関係する本を人に教えられて数冊読んだ。

その段階で私は初めて日本の悲しい歴史や様々なむごたらしい事実などを知り愕然とした。そして強く感じたのは「私達の出る幕ではないな」ということだった。本当に戦争を体験した人でなければ、きっとそれは本当の意味で語れないのだ。戦争も知らず、平和を絵にかいたような中で、たかだか30年しか生きてないような自分が語ってもそれは何の意味も持たないのではないか、そんな風に思った。

話がそれてしまったが、今回のことはそれとはまた全然違う。どんな本を読めばいいのかもわからないし、教えてくれる人もいない。新聞も雑誌の特集もなんだか全く正反対のことが書いてあるような気がする。人の話を聞いていても、焦点がズレているような気がして、どことなくしらじらしく聞こえてしまう。

米国は「報復」と叫んでいるが(報復とは“3倍にして返す”という意味があるのだそうだ)それでことは収まるのだろうか。私は決してそうは思えない。今回のテロ事件で沢山の関係のない人が巻き添えをくった。米国が「報復」としてまた同じような手段に出た場合、関係ない数多くの命が失われるだろう。

あの事件があってからNYに住む友人と2,3度メールのやり取りをした。彼女はあの真っ白な煙の中を泣きながら1時間かけて避難し、そして今現在も日々沢山のデマに踊らされ、眠れない夜を送っている。アフガニスタン難民達も物資の供給が行き届かず、ろくに食べ物も食べられない日々が続いている。米国に住む600万人のイスラム教の信者たちもひどい嫌がらせを受けている。何も関係のない人達が、肉体的にも精神的にも苦しんでいるのだ。

「報復」も大切だと思う。悪い事をした人間にはそれなりの制裁が加えられるべきだ。しかし、その前に守らなければならない存在が沢山あるのではないか。それに何故気付かないのだろう。「報復」に賛成している91%の米国民達は、そのことの意味を本当に理解しているのだろうか。全く同じこと以上のことをしようとする行為に本当に賛成しているのだろうか。

テロで犠牲になった関係ない遺族の方のことを考えると、首謀者に対し強い怒りがこみあげてくる。しかし、それを「報復」だけで解決しようとしている米国政府そのものに対しても、今の私は不思議と怒りを感じている。

そしてそんな米国の戦略に「ちょっと待った。おかしいよ」をかける前に「米国を全面的に支持します」と言わざるを得ない日本にもなお私は非常にやりきれないものを感じている。

—-今回のテロで犠牲になった世界各国の方々のご冥福を心から御祈り申し上げます。そして世界各国に住む、被害を受けている関係ない人達の生活が1日も早く元通りに戻り、再び世界に平和が訪れるよう、お祈りしたいと思います。

2001.09.27

〔15〕ミソジ考 ~女心と曇り空~

こんにちは、しじみです。先週の「できる仕事、できない仕事」に対し、皆様から沢山のご意見をいただきました。常につまづいてばかりいる私ですが、みなさんのアドバイスにより、だいぶ考え方が変わってきてるような気がしている今日このごろです。この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

今年の4月で30歳になった。よく年下の友達に「そう言えばしじみさんはもう30なんだよねー。ビックリだね。30になって変わったことってある?」なんて質問を受ける。

変なところでカッコつけしぃな私は「特別変わらないよ。私は私だからね。」などと偉そうに言って、年下の友達に「へえー。そういう年の取り方ってなんだかいいね」なんて感心され、ちょっと鼻の下を伸ばしたりしているが、実はそんなことは全くない。

一番変わったのは体力だろう。まず、疲れがなかなか取れなくなった。昔は仕事がどんなに忙しくても、一晩眠ればどこへやらだったし、夜通し遊んでそのまま出勤しても、たいしたダメージはなかった。ダイエットしたいと思ったら夜食抜きで運動量を増やせば、一気に2キロくらいは痩せられた。要するに何をするにもラクラクだったのだ。

しかし今は違う。どれをとってもその逆だ。当たり前かもしれないが、体力はハタチ前半の頃に比べると格段に落ちた。それ以外にも肌のハリや小皺、ヒップやウエスト部分のたるみ、など表面に出るものの衰えも細かく数え上げるとキリがない。

女性というのは不思議な生き物で(私だけかもしれないが)、自分の衰えに気付くと、とたんにそういったマイナス部分を隠し、いい部分だけを見てもらい、その部分を評価されたい、と強く思うようになる。

そんなこんなで「ヤバイな、最近顔に疲れがすぐ出るよなー。イライラするとすぐに食べてしまうから、ふくよかになりつつあるし。」と、イメチェンを計画した私は、一気に髪を10cmほどカットし、思いきり女を意識できるような内巻風のパーマをかけてみた。

「明日会社に行ったら、みんな何て言うだろう」

久し振りにそんなウキウキした気持ちで出勤した。電車の中の人達がみんな私に注目している、そんな錯覚すらおぼえるほど、その日の私は朝からゴキゲンだったのだ。

会社に着き、自席に座った私は「おはようございまーす」とワントーン高い声でみんなに挨拶した。ところどころから“月曜日なんだから朝から甲高い声出すんじゃねーよ”といわんばかりの暗いこだまが返ってきた。

ま、ここまではいつもの朝の風景だ。しかし、いつまでたってもリアクションがない。誰も何も言ってくれないのだ。その日は11時になっても昼を過ぎてもなんと誰も何も言ってくれなかった。

みんなのリアクションを過剰なほどに意識し“こう言われたら、こう返そう”なんてことまで構想を練っていた私はスッカリ気が抜けてしまった。そして気が抜けたとたんに複雑な悲しみと怒り、そして最後に、隠し持っていた意地悪な心が頭をもたげた。

私はバンバン鳴っている電話をとるのをやめ、忙しそうに仕事をしている茂手木君に「ねえねえ。私を見て気付いた事何かない?」と思いきり思わせぶりに聞いてみた。するととたんに茂手木君は目が泳ぎだし、「え?髪型ッスか?僕気付いてましたよ、朝から」と返してきた。

え?なんだと?わかってたんじゃねーか!だったら言えよ。この間隣の部に22歳の子が入ってきた時なんて、仕事上接点もないくせに男同士でヒソヒソと「あの子かわいいっすよね。スタイルもいいし。マツ毛なんてこーんな長かったですよー」なんて言ってたくせに。

そんな覚えていなくてもいいようなことを思い出した私は「今度から私が髪の毛切ったりした時はちゃんと言ってよねー。茂手木君いつもカリカリ仕事してるから大切なことを忘れちゃうんじゃないの?そのうち彼女にだってフラれちゃうよ」と大声で言っていた。

あーあ、またやっちゃった。こういう行動自体が(私は若い頃からこういう行動をとることが多かったが)「オバヤン」と言われてしまう所以なのだろう。きっと茂手木君も「30の女の人に、軽く言っていいものか、どうか」を悩んでいたのかもしれない。女はいつになっても言って欲しいものなのに。複雑な乙女心。

快晴だった朝の空は、帰りにはどんより雲っていた。今にも雨が振り出しそうだ。まるで私の心の中みたいだな、こりゃ。

これを読んでる男性諸君、どうか女性がイメチェンした時は、恥ずかしがらずに、何か一言声をかけてあげてくださいませ。

2001.09.20

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