退職

〔52〕夢を見るということ

いや~、サッカー、日本強いですね~。私の友人は、このワールドカップのためになんと100万円もするプラズマTVを買ったほど。特にサッカーファンというわけではない私もスッカリ周りと一緒に盛りあがっております。次のチュニジア戦もこの勢いでガンバレ!ニッポン!!

今年に入ってから、何人かの同僚が会社を辞めて行った。

その辞めた友人達とは今でも「元気~?」とか「次行く所見つかった?」などとメールで会話をしているわけだが、最近辞めた中の3人中2人は仕事を辞めたそばから、情緒が不安定になり、家にいても悲しくなってくるというのだ。

「家にいても母親がなんでもやってくれるから、私のいるところがない」「このまま仕事が見つからなかったらどうしようか、と思う」「毎日ずっと時間を食いつぶしてるだけだから、自分が廃人になってしまったようだ」

etc・・・。

思わず聞いていて「?」と思ってしまう。辞めてから1週間も経っていない。しかもせっかく今の会社とは違った場所や経験を求めて、新たな世界に飛び立とうという矢先なのに、ずいぶん淋しいことを言うんだなと思ってしまう。

“これからまた休みなく働かなくてはならないかもしれない”その期間に耐える事ができるよう、与えられた大切な休息時間なのに、と。

以前にも書いたと思うが、私は「長い人生、休み休み歩いたっていいだろう」という考えの持ち主だ。毎日気を張って、OLをやるのなんてまっぴらだ。時には昼夜逆転の生活をしてみたり、廃人のように一日何も考えず、黴が生えるような生活をしてみたっていいじゃないか。

今までの私は何度も会社を辞めてきたわけだが、次を見付けるまでの間というのが(たとえ次にやりたいことが決まってなかったとしても)好きだった。金の計算がヘタクソなせいか、とにかく底をつくまで遊んでしまう。

金があると、平日の夜、友達を誘い「今日はオールしちゃわない?」などと嫌がらせめいた発言をし、みんなに「自分勝手な奴だ」とけむたがられ、友達を失いそうになったことさえあるほどだ。

そんな私からすると、とにかく何が嫌でそんなに不安定になってしまうのだろう、と考えこんでしまう。

しかし、「淋しいから、会社帰りちょっとご飯でも食べない?」と声をかけられ、彼女らの現在の悩みとやらを聞いてみると、実は非常にマジメで超現実的であるということがわかってきた。

彼女らは頭がいいせいか、とにかく計算が好きだ。「働くんだったら、コレくらいはもらえないと・・・」とか「こういう福利厚生がきちんとしている所がいい」「あと何年働いてこれくらい貯めないと」-というように。

よく考えてみると、彼女達には“夢”というものがないのだと思う。うまく言えないが、私が言いたいのは、“将来の夢”ではなく、“想像上の夢”だ。

私が思うに想像上の夢というのは、時にあっけなく「現実」なってしまうくらいの、スケールがあるような気がするのだ。

私はそんな風に「夢」を持っていながら、それを「現実」にしてしまった人を何人か知っている。

その中の一人であるYちゃんという女の子はちょうど去年の今頃、うちの会社を辞めた。

彼女には夢があった。それは「エステティシャンになって、自分で開業する」という夢であり、その大きな夢を端で聞いていた私は「途方もない莫大な費用や、体力、知力、など色々なものが必要なんだろうなー」などと考え、そのスケールの大きさに圧倒された。

しかし、それから1年後の今現在、彼女はその夢物語を叶え、端からみたら、いとも簡単に見えるほどに、現実にしてしまったのだ。

もちろんそれは彼女の持ってうまれた天性の才覚みたいなものもあるだろうがそれだけとも言いきれない。

彼女はたぶん夢を見ていたのだ。現在に至るまでずっと。木枯らしの吹く夕方も炎天下の昼も、一人街頭に立ってビラを配った。それを取ってくれる人がいるまでずっとそうした。

でも彼女はそれを苦労だとは思わない。それは“夢”だったからだ。“夢”であることは人を現実とは別のところに立たせる。そう思う。

私はよく母に「きちんと現実を見なさい」などと言われた。そうしながら生きていくことが最良の方法だとする見方もある。しかし、私は敢えてそうする生き方を否定してみたいのだ。否定して、現実を逃れた時にまた別の何かが見えてくるような気がする。

ポッカリと空いた時間は神様がくれた宝物のようなものだ。“現実”を見過ぎて立ち止まってしまう人にほど“夢”を見ることを知ってほしい、と思う。

2002.06.14

〔51〕目標

前回の記事に関して読者の皆様からいくつかのお便りをいただきました。励ましのお手紙、お叱りのお手紙、色々ありましたが、全て心に響く内容であったと同時に「これじゃいけないな」と自分を振り返るきっかけもいただけたと思っています。この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。

「辞めてやる!」事件から数週間が過ぎ、私はまた元の状態に戻された。“戻された”と言うより、とにかく「9月まではなんとしても頑張らねば」という意思のもと、「それ私が担当してた仕事だよね?」と自分の仕事を戻してもらうように働きかけた。

“周りの人が気を使っている”雰囲気を感じないわけではないが、そんなの知ったこっちゃない。私は上司に「いて欲しい」と言わせる程の実力の持ち主ななのだ。こんなことくらいで負けてられるか。悔いが残るのは嫌だ。あとは突き進むのみ、だ。私を落とし入れようとする人間がいるのだとしたら、片っ端からなぎ倒してやる。はは

そして、私がこんなに仕事に執着するのにはワケがある。4月から入ってきた新人のAちゃんにきちんと仕事を引き継ぎたいのだ。

“同僚”になって2カ月。最初のうちは「大丈夫かな?」などと思うこともあったものの、何度か2人で食事に出かけ、お互いの話しをするようになってからは彼女がすごくきちんとした考え方の持ち主であることがわかった。

またその反面、とてもまっすぐで純粋な心を持っているだけに、私の知らないところで、いくつかの悩みを抱えてしまっていたこともわかった。

ある時彼女はこう言った。「私、山口さんが辞めたら山口さんの仕事できるか心配です。とても不安なので、仕事は続けたいけど向こう1年は“逃げ場”を作るために派遣という立場でいたいんです」

彼女はネガティブな考えをするような人間ではない。だから“逃げ場”ということばはこの場合あっているのかどうかわからないが、うちの部は上司が何もせず、全て下っぱ任せで成り立っている。状況を見極める目がある賢い人間であれば「この状況で正社員になるのはちょっと・・」そう思ってもおかしくはない。

彼女は6カ月後に正社員になる予定で入社してきてるわけだから、私が入社した時よりも、周りの目が厳しいのは確かだ。「あれもやらせよう」「これもやらせよう」という雰囲気がありありとしている。

不安げにしているAちゃんに私は約束をした。「私の人生じゃないから口出しはできないけど、それもいいと思うよ。派遣としての期間をもう少し延ばしてみて、状況を見ながら、変えられるところは変えていけるようにしようよ。私がいる間は一緒に問題点をはじき出して、上の人に相談してもっとやりやすい部に変えよう」

私は企業を渡り歩いてきて、時に「社会で学ぶものなんて1つもない」などと思ったことすらある。

でも、残りの数ヶ月、何も目標を持たずにちんたらやっていくよりはマシだ。小さな目標でも、ないよりは断然いい。

私は2年間いたわけだが、正直「楽しく仕事をしている」という感覚がなかった。「私がいなくなった時、Aちゃんが誰に頼らなくても楽しく仕事ができる職場」にできたらと思う。

その目標が達成できた時、私はやっと「この会社で働いていたんだ」という現実感と充実感というものを手に入れることができる、そんな気がする。

2002.06.07

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