[28]その日暮らしの人達

第28回

■その日暮らしの人達

最も悲惨なのは地方の小さな農家の子達です。家がその日暮らしのような本当に貧乏な家の子供達です。その日のお米も麦も稗(ひえ)すらない状態です。都会であれば子供であっても親の手伝いで何とか仕事にありついて、僅かながらでも賃金を貰うことが出来ましたが、他方の農業では働くところもありません。しかも例外なく子供の数は多いのです。ですから親はやむなく口減らしの為に子供を手放さなければならない状態となります。

そこで悪いヤツが「口利き」で登場するんです。親を騙して僅かなお金で人身売買をするんです。その殆どは女の子が対象です。実態は良くは知りませんが、女の子は「女郎屋」「遊郭」「売春宿」「貰い子」などに売り飛ばされたり、或いは「女中」として年季奉公させられたり、または「養女」として貰われたり等、自分の自由の全くない境遇になってしまったのです。もう二度と故郷の地を踏むことは出来ませんでした。男の子は丁稚奉公など小僧として働く場所も機会もありましたから人身売買の対象にはならなかったようです。

此の「貰い子」で東京に行った女の子が、継母に殺されたと云う悲惨な事件が起きました。

《継子殺し事件》

此の文を書いている時、昭和7,8年頃紙芝居のおじさんの話を思い出したのですが、どうしても殺された子の名前が思い出せませんでした。そして二、三日前にハッと思い出したんです。それは「お初」と云う名前でした。別に記録はありませんが、此処に書いて置きます。

話は少し古いですが、大正十一年七月二日に当時八歳の「お初」と云う子が、貰い子で云った先の継母の兼崎まきと云う女に連日の虐待と折檻で責め殺されたと云う事件です。継母のまきは当時三十七才、内縁の夫は五十五才で深川の長屋に住んでいたそうです。

毎日毎晩の折檻で、近所の人達が悲鳴を聞いて、その都度警察に連絡し、警官が来て説得しても帰るとまたする・・と云う繰り返しで、警官が来たのは二十数回もあったそうです。

又家に居るときは「うるさい」と云っては学校に弁当も持たせずに追いやり、「お初」は空腹を満たすために水を飲んで我慢していたと云います。

そして運命の七月二日、柱に縛り付けられた「お初」に殴る蹴るの暴行を加え、「お初」は「痛いから堪忍しておくれ」と云いながら絶命したと云います。そして此の鬼夫婦は共謀して「お初」の遺体を海に捨てたそうです。

紙芝居のおじさんは、その中の絵で、「お初」の実母が消息を知るために訊ねて来たが、継母は「お初は今使いに行ってるから居ないよ」と云っている後ろに、お初の幽霊が現れて、母親に寂しそうな顔で何かを訴えている・・と云う画面でした。

そう云う殺され方をした「お初」を哀れんで、近所の人達が深川に「お初地蔵」を建立して供養したと云います。その地蔵は等身大で125cmあり、今に残っていると云います。

こう云う人間を「人面獣心」とか「人非人」とか云いますね。このような事件は戦後にもありましたね。「寿産院事件」と云って次から次と子供を貰い、養育費を貰って直ぐに子を殺してしまった鬼婆みたいな女がいました。自分の子を、自分の都合で虐待したり、殺したりする母親が後を絶たないのは、恐ろしいし悲しいことですね。
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