[72]田舎の想い出

第72回

■田舎の想い出

私が此の世に生を受けたのが昭和2年でしたが、小学校を卒業した昭和14年までの間に、世界情勢だの、国内のテロ事件だの、幼児殺しだの、自殺事件だのと、黎明期を迎えた筈の昭和に何故こんなに生臭い事件が多発してしまったのでしょうか?私は兄弟姉妹8人でしたが、もらい子事件に遭わなくて幸せだったなぁ・・とつくづく思います。

私の「田舎」と云うのは、父の生まれた千葉県の池田村と云うところです。大網駅から歩いて30分もかかるところです。

日本橋から省線で両国まで行き、そこから安房鴨川行きの列車に乗ります。
当時は勿論蒸気機関車です。この頃は確か8600型か9600型の蒸気機関車です。(蒸気機関車については後で模型鉄道の話に書きます)。

薄暗い電気のついた客車に乗ります。勿論客車の横に赤線の書かれた三等車です。此の話は昭和7年、私が5才頃のお話ですから、乗車賃は子供だと思いますが、大網まで幾らであったかは知りません。

此の前年には3人目の妹が生まれたので、家庭の事情で長男の私だけが田舎に行かされたと思いますよ。連れて行ってくれたのは父母と妹2人の全部で5人だったと思いますが、はっきりとは覚えていません。

両国から大網まで大体2時間くらい掛かりました。子供ですから列車の窓を直ぐに開けて窓の外に首を出します。すると途端に機関車の吐き出す煤煙が目に飛び込んで来るんです。すごく痛いので、母がハンカチをつまんで、端を一寸嘗めて、「目を開けて」と云いながら目に入った煤のかけらを取ってくれるのです。しかし勇壮な蒸気機関車は良いですね。真っ黒な煙を吐きながら、時々汽笛を鳴らし、蒸気を吐いてシュッボ、シュッボと走る姿・・素晴らしいと思いますね。汽車の窓から見る景色は見渡す限り田んぼか畠か草原で、家も人も殆ど見えません。

見えるのはやたらに大きなカンバンがポツリポツリと建っているだけです。目に付くのは「黒んぼがカルピス」を飲んでいるものとか「どりこの」と云う飲料のもの、「森永ミルクキャラメル」とか「海軍将校の仁丹」とか「新高ドロップ」なんかのカンバンが目立ちました。そうこうしている中に二時間経ってようやく「大網」駅に着きました。

この時大網駅に着いたのは陽も落ちて暗くなっていました。家に行くには、駅の直ぐ側を流れる川を渡らなくては成らないのです。これが怖いのです。此の川には橋が掛かってなく、線路が掛かっているのです。其の線路の枕木を一つ一つ跨いで歩くのですが、枕木の間は下を見ると川ですから、すごく怖かったです。

それを超して10分位歩くと「一本松」があって、そこを右に入ると田んぼの畦道が延々と続きます。その道を約30分歩くとようやく「田舎の家」に辿り着きます。

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