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[134]上原 敏(うえはら びん)

第134回

■上原 敏(うえはら びん)

此の歌手は私が子どもの頃、流行歌を歌っていた何時までも忘れ得ぬ歌手です。前にも「寮の思い出」で少し触れましたが、昭和12年頃にはラジオや町中のチンドン屋が奏でる曲は此の上原敏の歌う曲が多かったです。

見たことも逢ったこともありませんでしたが、「歌は世につれ、世は歌につれ」と云われるように、私のような年代の者には忘れられない歌手なんです。上原敏の歌った「妻恋道中」のSPレコード盤は、今でも手元に保管してあります。もう70年も経つんですね。感慨も一入です。

上原 敏は明治41年8月26日秋田県大館市で生まれました。本名は松本力治と云います。彼は専修大学商学部を卒業し、平凡なサラリーマンから歌手に転向しました。昭和12年からポリドールよりデビューし、同年発売の「妻恋道中」「流転」「裏町人生」は矢継ぎ早にミリオンヒットしました。

この中で記憶に今でも残っているのが松竹映画の「流転」です。此の「流転」は歌もさることながら、阪東好太郎主演で、三味線弾きの芸能人がふとしたことから堕落して地位も名誉もなくなって、落ちぶれた格好で三味線を弾く・・と云う物語でした。これは子ども心に強烈でしたね。ですから70年も経っているのに記憶にあるんです。

以上の三つの歌の#1だけを記しておきます。

『妻恋道中』昭和12年

  ♪ 好いた女房に 三下り半を     投げて長脇差 永の旅     怨むまいぞえ 俺らのことは     またの浮き世で 逢うまでは  ♪

『流転』昭和12年

  ♪ 男命を みすじの糸に     かけて三七 二十一目(さいのめ)くずれ     浮世かるたの 浮世かるたの     浮き沈み               ♪

『裏町人生』昭和12年

  ♪ 暗い浮世の この裏町を     覗く冷たい こぼれ陽よ     なまじかけるな 薄情け     夢も侘しい 夜の花    ♪

昭和13年には名コンビだった「青葉笙子」と唄った「おしどり道中」や「上海便り」が大ヒットし、戦時下における国民的スターになりました。

『波止場気質』昭和13年

  ♪ 別れ惜しむな ドラの音に     沖は希望の 朝ぼらけ     啼くな鴎よ あの娘には     晴れの出船の 黒けむり  ♪

『鴛鴦道中』昭和13年

  ♪ 堅気育ちも 重なる旅に     いつかはずれて 無宿者     知らぬ他国の たそがれ時は     俺も泣きたい ことばかり  ♪

『上海だより』昭和13年

  ♪ 拝啓ご無沙汰しましたが     僕もますます元気です     上陸以来 今日までの     鐵のかぶとの 弾のあと     自慢じゃないが 見せたいな  ♪

彼は専修大学時代には野球選手としても活躍していたと云いますが、わかもと製薬からレコード界に入ったと云う変わり種だったそうです。学校の先輩で浪曲作家の秩父重剛にその美声を認められたと云います。

昭和18年に応召しニューギニア戦線へ・・「拝啓ご無沙汰しましたが、僕もますます元気です・・」と戦線の将兵の声の便りを送った彼だったのですが、昭和19年7月29日に激戦のニューギニアで戦病死してしまいました。享年35歳でした。

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