[163]子供相撲対抗試合

第163回

■子供相撲対抗試合

子供相撲では、一年に一回は他校と対校相撲大会がありました。より抜かれた各校の六年生です。各校10人くらい出ていました。場所は「明化小学校」の直ぐそばに、後に横綱審議会の会長になられた「酒井忠正伯爵」のお屋敷があり、その庭に本格的な土俵があったんです。その土俵が対校試合の場所に使われました。

対校試合ですから、各校の名誉がかかっているわけですから、負ける訳にはいきませんね。選手はみんな真剣です。勝負は各校10名づつの勝ち抜き戦です。参加校は四校です。勝ち抜きですから、勝った選手は続けて何人とも戦わなくてはなりません。勝ってもせいぜい三人くらいですね。10人全部負けた学校はそれで終わりです。

明化小学校も勿論出場します。六年生120名の中で10名選ばれるのですが、私も入っていました。当日は各校から応援団が来て、大変な賑やかさです。来賓には政界からも来ていたようですが、ハッキリとは分かりませんが、大相撲の立浪部屋からは、横綱双葉山、大関羽黒山、関脇名寄岩の三人が来ていました。立浪三羽烏・・さすがに大きいですね。

出場選手は「電信柱」と云われた背の高い者も、極端に小さい「チビ」も「百貫デブ」と云われた肥満児もいません。これらは却って相撲は弱いのです。選手に選ばれた私達は、ずいぶん緊張もしたし、張り切ってもいました。私は母の作ってくれた「帯芯」の「褌」(まわし)を締めて勿論出ましたよ。でも結果は思わしくありませんでした。

私は三番目に出ましたが、相手の一人には勝ちましたが、二人目との勝負で、土俵の俵のところで同時に倒れたときに、俵に左の横腹を嫌と云うほど打ち付けて、暫く立ち上がれない程の痛さでした。結局負けになりました。・・・ついに明化小学校は優勝できませんでした。

全部終わったところで、大相撲の双葉山、羽黒山、名寄岩が代わる代わる土俵に上がって、子供達が一斉に飛びかかる相手をしてくれましたが、びくとも動きません。さすがに大相撲の力士だと思いましたね。