〔40〕なっちゃん事件

うちの会社は今がちょうど入れ替え時期だ。3月で辞める女の子(正社員・派遣共に)がやたらと多い。そういうわけで、最近また新しい派遣の女の子がボンボン入ってきている。

私自身もここにきて仕事のドタバタが続き、なんだか酸欠状態の金魚のようにあっぷあっぷしている。「仕事するのが嫌だ」という潜在意識のせいなのか、はたまた狭い社内に人が一気に増え、人口密度が増しているからなのか、わからなくなっているのだ。

私の隣の部の正社員の女の子も3月で退職を決め、その後任として新しい派遣の女の子が入ってきたのだが、これがすごい。なんと25歳で早稲田大卒。おっとりしたお嬢様風の女の子で、どことなくフジテレビアナウンサーの小島なっちゃんに似ている。

「どーして、そんないい大学出てて、派遣なんか選んでしかもうちの会社入っちゃうのかねー。気が知れないよね」「ま、今はそれだけ仕事を選べないってことなんじゃないの?大学出てたって実力で大手に入るなんて夢のまた夢だもん。」なんて会話を交わしながらも私達はそのなっちゃんに何気に夢中になっていた。

ところが、そのなっちゃんが入ってきて2週間足らずでトラブルは勃発した。

その子が入った部の部長は実に昔気質の部長で(仮にO部長としよう)、女の子をまるで召使のように使う。コピー1枚自分で取れず、「おい、取れ」。煙草がなくなれば「ほれ、煙草買ってこい」。正社員で今まで8年続けてた子もこれにはちょくちょく腹を立てていた。

お嬢様育ち(?)で、キャリアウーマンを目指すなっちゃんは、そんなことを1日の内に何度も頼まれ、実は溜まっていたものがあったらしい。なんと「あれはセクハラだ。あの部長をどうにかしてほしい。できれば異動させてほしい」と派遣会社と、3月で辞めるその正社員の子に言いつけたというのだ。
怖いもの知らずというか、常識しらず、というか。言っていいことと悪いこと、言っていい人とヤバイ人、というのが今の若者はわかってないのだろうか。どのくらいのキャリアを持っているのか知らないが、入って2週間で、自分の思い通りにことが進むと思っているところが、すごい。
もちろん派遣された企業での自分の立場や状況を、担当の営業マンに話すのは重要なことだ。当初提示された業務内容とそぐわない部分は、どこがどう違うのかしっかり見極めて理解をしてもらわないといけないし、部内の雰囲気や問題のある人がいる場合は、それも一言付け加えておいた方がいい。

なっちゃんが犯した間違えはそのあたりだ。入社して2週間で「この部長のやってることは“セクハラ”です」と言いきってしまい、更にはその(派遣された企業側の)正社員に言ってしまった。

結局その話しは人事を回り、ついにはO部長の耳にも入ってしまった。それを知ったO部長は怒り狂い「あんな女辞めさせちまえ。もう明日から来なくていいと言え」と怒鳴りちらしたというわけだ。
うっかり言ってしまったことが、社内で大きな問題になったことも知らないなっちゃんは、とりあえずその後数日普通に通っていたが、結局は辞めざるをえなくなり、パッタリ来なくなった。

派遣会社側にしてみれば、なかなかスタッフを送りこめないという厳しい昨今。しかもなっちゃんはテンプトゥーパーム(紹介予定派遣)という契約で入っていた。そうそうクビにはできるはずもなく、派遣会社の担当者も毎日謝りに顔を出してしたが、結局その努力はむなしく、契約は切られてしまったというわけだ。

いやはや。言いつける人を間違えただけでこんなことになってしまうとは。言った相手も悪かったが、ちょっと我慢も足りなかったね。

愚痴は入ったその日から言ったっていいのだ。「おかしいな」と思う点は指摘してもいいのだ。でもそれを実行に移す時は、言っていい人や場所があるということをちょっと考えなければならないわけだな。

最近、忙しさのせいか緊張感がなくなり、自席でボンボン暴言を吐いて、愚痴を言いまくってる私。なっちゃんの事件はさすがにひとごととは思えず、「ちょっと自重しよう」と思わせてもらえた出来事だった。

2002.03.15

〔39〕辞める理由と心の五感

忙しい生活を続けていると「五感が鈍るのではないか」と思うことがあります。先日、街を彩る人工的なディスプレイでしか季節感を感じられなくなっている自分に気付き、ちょっとしょげてしまいました。寒い寒いと思いながらも、ふと金木犀の匂いをかいだ瞬間に「あ、今、春になった」、そう感じられるような健全な心と身体を常に持っていたいと思います。

長く派遣生活を続けていると、「ここももうそろそろかな」と思う瞬間がある。“そろそろ”というのは、潮時、つまり辞め時ということだ。

私は今まで(短期やバックレを抜かし)、合計3社を契約満了というかたちで辞めてきたが、実は辞める時に「これ」といった理由はなかった。

周りの人は「以前から違う職種の仕事がしたかったので」や「結婚するので」、「もう完璧にやって、やり残したもないので」等など様々な理由で、辞めていったが、振り返ってみると私にはそういう確固たる理由が全くなかった。

何故なのだろう。

そこにはたぶん日常の精神状態では計り知れない、心の奥底にある“五感”のようなものが働いているように思うのだ。

派遣という働き方はある意味複雑で、精神的なリスクが多い。言わずと知れたことかもしれないが、実際に「働く会社」と「雇用主」が違う。つまり派遣でいる限り、どんなにその会社の仕事を理解していても、その会社の人間ではないわけだ。

好きで選んだ道とは言え、その動かしようがない事実は、私の心に暗い影、逃げ道、時には安心感などを与えてきた。

「あなたは派遣さんなんだから、これ以上はやる必要ないよ」といわれれば、“悔しい気持ち”と“ホッとした気持ち”の両方が同時に存在してまう。「このくらいはやってよね」と言われると“私この会社の人間じゃないのに”というちょっとひねくれた気持ちと“やらせてもらえるんだ”というある種の希望が芽生える。

両極端な物事をどっちに捉えるか、というのはその人次第だ。常に明るい方に考えられる人、ひねくれて考えてしまう人、色々いると思う。

だが私の場合は、両方の気持ちを割りきったり、切り替えたりする事がうまくできないわけだ。

もちろんそういう人間はたぶん私だけではない。長期の派遣として働いて、1~2年で契約を終える人が多い原因は、実はそういう「精神コントロール」がうまくできないというところにあるのではないかと思うのだ。

その精神コントロールという中枢を使い過ぎ、そのちぐはぐさに疲れ果ててしまった時、心の奥の五感のようなものが「もうそろそろ休みなさい」というメッセージを送ってくれるのではないだろうか。

そして、最近この「もうそろそろ休みなさい」というメッセージが、私の中でうずき出しているような気がする。

そろそろ今の会社を卒業し、ちょっぴりのんびり休んだ後、次の企業に移るのも悪くないかな、と思っている。

2002.03.08